横須賀美術館は、2024年に建築界のノーベル賞と呼ばれる「プリツカー賞」を受賞した建築家・山本理顕氏が設計した、観音崎の海と山に囲まれた絶景美術館です。
横須賀美術館はさまざまな魅力が詰まった建築ですが、その秘密は、設計者に山本理顕氏が選ばれたプロセスからはじまっています。
横須賀美術館の設計者選定は、一般的な公共建築で用いられる建築案のコンペ形式ではなく、実績や面接で選ぶQBS(資質評価)方式によって行われました。そこで選ばれた山本理顕設計工場と施主である横須賀市が、市民も参加した建設予定地でのワークショップなども通して、文字通りゼロからプランを練り、完成させたのが、この素晴らしい美術館なのです。
その土地の自然や歴史、文化などは現地の人間がもっともよく心得ている反面、外部の人間だからこそ気づくことができる魅力もあります。それを、山本理顕という希有な建築家が、地域コミュニティと建築の関係性をもっとも重視するその建築哲学でまとめあげたのが、横須賀美術館であると言えます。
INDEX
見事なまでに観音崎のランドスケープと一体となった美術館

横須賀美術館の最大の魅力は、美術館が立地する、観音崎のすばらしい自然環境との調和にあります。
横須賀美術館は、北東を東京湾に面し、その他の三方を低い山に囲まれた、小さな谷戸に位置しています。このなだらかな傾斜地に、バス通りが走りメインアプローチとなる海側から見たときも、背後の森が隠れてしまわないよう、建物は高さを抑えて設計されています。
具体的には、建築周辺は一層分地下に掘り込まれていて、そこに低層の建物を建てることで、美術館の建築として必要なボリュームと、景観と一体化して見える外観とを両立させています。
地域に溶け込むことを意識しデザインされた導線

このような横須賀美術館のプランは、景観としての配慮だけでなく、背後の森の中にハイキングコースが広がる県立観音崎公園との連続性も強く意識されています。観音崎公園のハイキングコースは、横須賀美術館が開館するよりもずっと前から利用されてきたものです。
ハイキングコースから降りてくると、美術館のすぐ後ろに広がる山の広場に出ます。山の広場はそのままフラットに本館の屋上広場に続いていて、自然な動線で、ペントハウスから美術館内部に入ることができるようになっています。
こうした、海の広場~横須賀美術館・本館~山の広場~県立観音崎公園の導線は、美術館の開館時間内であれば、誰でも自由に無料で入ることができるエリアになっています(海の広場と山の広場は、美術館の左右にある通路でも、美術館開館時間に関わらず、行き来することができます)。展覧会のチケットがなくても、ペントハウスの展望台や美術館の図書館、レストラン、ミュージアムショップなどを利用することができます。
このようなところにも、山本理顕氏の地域と建築の調和を重要視する建築哲学が見え隠れしています。

横須賀美術館のアイデンティティでもあるガラスと鉄のダブルスキン構造

横須賀美術館の建築は、展示棟とレストラン・ワークショップ棟からなる本館と、別館の展示施設である谷内六郎館、事務室や学芸室がある管理棟の、3棟で構成されています。
メインの建物である本館は、透明なガラス張りの箱の中に、さらに、白い鉄板の外壁に包まれた建物が入っているようなデザインになっています。この、ガラスと鉄板の入れ子構造こそが、横須賀美術館の建築の「横須賀美術館らしさ」を決定づける最大の特徴となっています。これは、デザイン的に優れているということだけでなく、むしろ、機能性を重視した結果とも言えます。
ダブルスキンの外皮は、海に面した美術館のため塩害対策として、錆や経年劣化の少ないガラスが使用されています。
これに対して内皮は、鉄板が用いられています。横須賀美術館の施工時、鉄板は現地で溶接されましたが、これには、昔から造船所があり、優秀な職人が多かった横須賀という土地柄がいきたそうです。


実は、このような入れ子構造は、建物の外側だけでなく、内側にも施されています。
横須賀美術館所蔵の作品などを展示する地階は、建物の外側に沿うように、吹き抜けの回廊が設けられています。温度や湿度の変化が少ない地階回廊の中心部は、主に、所蔵庫・保管庫として利用されています。
美術館の心臓部ともいえるもっとも重要な場所は、ダブルスキンの外壁と、吹き抜けの回廊という、二重の入れ子構造に守られているのです。

オープンスペースにやわらかな印象を与える丸窓と丸みを帯びた天井

横須賀美術館の本館を内側から見たときの印象は、外から見たときとは大きく異なるはずです。ダブルスキンの内皮の鉄板には、数多くの丸い穴が、大きさも場所もランダムに開いています。この丸穴が、横須賀美術館内部の一番の特徴と言えるでしょう。
「大きさも場所もランダム」と書きましたが、実はこれは間違いで、丸穴はすべて計算されて配置されています。
丸穴が開けられている理由は、自然光を取り込み、美術館内部に開放感を与える「丸窓」として機能させるためです。直射光が入らない建物北側は穴を大きく数も多く配置し、逆に南側は穴を小さくするなどして、取り込む光の量を調節するよう設計されています。
これらのたくさんの丸穴と、曲線的に加工された天井の角の部分から、地階からの大きな吹き抜けが広がるエントランスホール前の空間は、とても外観からは想像できないような、とてもやわらかな印象を与えてくれます。

無数に開いている丸穴ですが、目の前の海を直接眺められるものは限られています。この、文字通り「穴場」の絶景スポットを、ぜひ探してみてください(答えは下の写真のキャプション内にあります)。

絶景美術館ならではの景色が広がるペントハウスと屋上広場

横須賀美術館で、本格的に海への眺望をたのしみたければ、屋上のペントハウスへ上がりましょう。ペントハウスへは、エントランスホール脇かららせん階段またはシースルーエレベーターで上がることができます。
このペントハウスの展望台は「恋人の聖地」(NPO法人地域活性化支援センター)に認定されていて、東京湾を行く大型船などを眺めることができる絶景スポットです。横須賀基地に近いため、ときには、海上自衛隊や米海軍の艦船が通ることもあります。

もちろん、海への眺望は、ペントハウスの周囲に広がる屋上広場のデッキでもたのしむことができます。
この屋上広場のデッキは、有機的な、不思議な形状をしています。正方形の建物に対して、屋上全面がデッキになっているのではなく、一部は半透明のガラス張りになっています。このガラス張りの屋根の下には展示室がなく、丸穴が多く配置されています。
つまり、屋上広場のデッキは、本館内部の展示室の配置に合わせて広がっているのです。

エントランスホールから天井を見上げると、天井にも穴が開いているのを確認することができます。この丸穴の向こう側には屋上広場のデッキがなく、ガラス張りになっています。

屋根裏でさえデザインされた横須賀美術館の隠れた見どころ

屋上広場とダブルスキンの内皮部分の間には、メンテナンス用のスペースが開いています。ここに、照明や消火設備、空調設備などが配置されています。
建築用語で小屋裏(屋根と天井の間)と呼ばれるこの空間は、一般的な建築では通常目にすることがありません。まして、美術館のような公共の施設で、お客さまに見せるような場所でもありません。しかし、ダブルスキン構造を採用している横須賀美術館の本館では、このような場所でも、すっきりとした見た目になるよう、魅せるデザインが施されています。
横須賀美術館・本館の小屋裏は、美術館周囲の通路から見られる他、エントランスホール脇と屋上ペントハウスをむすぶらせん階段とシースルーエレベーターから見ることができます。この小屋裏は、横須賀美術館の隠れた見どころの一つです。

さまざまな展示スタイルに対応可能な多彩な展示室
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自然光を入れることができない展示室では、一般的な美術館と同様に、人工照明が使われています。
主に企画展で利用される本館1階の展示室では、ルーバー(細長い板を平行に並べた構造)の形状をした間接照明と、スポットライトの2種類が使われています。これらの照明(スポットライトは一部のみ)は、2026年9月に完了したリニューアル時にLED化されています。
また、展示室内は仮設壁で区切れるよう、床にネジ穴が埋め込まれていて、さまざまな展示スタイルに対応できるようになっています。


本館の地階にも、回廊にそうように、ところどころに小さな展示室が設けられています。
また、回廊自体も、ギャラリーとして、作品の展示に利用されています。
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別館の谷内六郎館では、横須賀美術館のある観音崎にほど近い場所にアトリエを構えていた、谷内六郎の作品が展示されています。
横須賀美術館が所蔵する「週刊新潮」の表紙原画約1300点をはじめとする作品や資料の数々は、1998年にご遺族から横須賀市に寄贈されたものです。
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