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浦賀ドック | 世界に4か所しか現存しないレンガ積みドライドック

浦賀レンガドック(撮影日:2021.11.23) 横須賀
浦賀レンガドック(撮影日:2021.11.23)

浦賀ドック浦賀レンガドック、住友重機械工業浦賀工場)は、1899年(明治32年)から1世紀以上に渡って約1,000隻以上の船舶の製造や修理を行ってきた、世界に4か所しか現存しない(諸説あり)とされるレンガ積みドライドックの一つです。

レンガ積みドライドックは、国内では同じ浦賀エリアにある川間ドック浦賀ドックだけしかなく、明治期の産業革命の技術や歴史を知るうえで、貴重な近代化遺産です。
なお、川間ドックはマリーナとして利用されているため、海とドックを隔てる門が撤去され、常時海水が満たされた状態です。そのため、保存状態は浦賀ドックのほうが良好です。

インフォメーション

浦賀ドックは、2003年にドックとしての役目を終えて閉鎖された後は単発のイベント開催時か見学会を含むツアーでしか公開されていませんでしたが、2021年10月23日から2022年1月23日までの土・日曜日、祝日限定(11月3日、1月1日・2日を除く)で一般公開されました。ドックの上からの見学は無料、ドックの下まで降りられる見学ツアーなどはガイド付きで有料で開催されました。
2022年4月23日土曜日に開催された、浦賀ドックがイベント会場の「咸臨丸フェスティバル」では、「レンガドック見学会」が開かれました。

※2022年4月からはNPO法人よこすかシティガイド協会による「横須賀歴史遺産 浦賀ドック」ガイドツアー(事前申込制)がはじまりました。

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造船のまちとして栄えた浦賀

浦賀レンガドック・海側から渠首の方を望む(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・海側から渠首の方を望む(撮影日:2021.10.24)

浦賀の造船所の歴史は、ペリーが来航した1853年(嘉永6年)までさかのぼります。幕末に江戸湾(東京湾)に外国船が来航してくるようになると、江戸幕府は、当時奉行所があった浦賀に浦賀造船所を建造します。この年、日本で建造された初めての西洋式軍艦となる「鳳凰丸」の建造を開始し、翌年に竣工しています。浦賀造船所では「咸臨丸かんりんまる」の整備も行っています。しかし、より本格的な造船所を横須賀に建設することになり(横須賀製鉄所。後の横須賀造船所横須賀海軍工廠)、浦賀造船所は1876年(明治9年)で閉鎖されました。

1897年(明治30年)には、浦賀船渠うらがせんきょが設立され、かつて浦賀造船所があった現在浦賀ドックがある場所に、再び造船所が建設されました。
大正から昭和前期にかけては船舶の建造ラッシュで、近隣の川間ドックとともに浦賀は造船のまちとして栄えることになります。戦後も、海上自衛隊の艦船や大型帆船「日本丸(2代目)」などを建造してきました。
その後、浦賀ドックは、幾度かの合併や買収をくり返した後、最終的に住友重機械工業浦賀工場として、2003年まで操業を続けました。

2021年には、住友重機械工業浦賀ドックの施設及び周辺部を横須賀市に無償で寄付し、2021年秋より期間限定で一般公開されました。
このイベントのガイド付きの見学会では、ドックの底に降りることができました。ドックの底には、最後にドック入りした東京湾フェリーの「しらはま丸」を支えていた配置のまま、盤木(ドックから水を抜いた後に船底を支えるための台)が残されていて、それらを間近で見ることができました。

浦賀レンガドック・ドックの底に並ぶ盤木(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・ドックの底に並ぶ盤木(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・ドックの底と壁面を見下ろす(撮影日:2021.11.23)
浦賀レンガドック・ドックの底と壁面を見下ろす(撮影日:2021.11.23)
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老朽化が進む近代化遺産

浦賀レンガドック・唯一残るジブクレーン(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・唯一残るジブクレーン(撮影日:2021.10.24)

近代化遺産の宿命とも言えるのが、施設の老朽化です。使用されなくなった建造物や機械は、ほとんどメンテナンスされなくなることから、老朽化が加速していきます。
浦賀ドックも例外ではなく、放置することで危険をともなう施設は、解体や撤去されていっています。浦賀ドックを象徴する施設の一つであった大型のタワークレーンも、近年までアーム部分が取り外れた状態で残されていましたが、現在は撤去されて、クレーンが移動していたレールとわずかな部品を残すのみとなっています。

浦賀ドックと同様、明治期に完成した造船所のドライドックとしては、横須賀製鉄所横浜船渠(後の三菱重工業横浜造船所)のドックなどが有名です。横須賀製鉄所のドックは、改修しながら、現在も在日米軍横須賀海軍施設のドックとして現役で利用されています。一方、横浜船渠のドックは、施設の閉鎖後しばらくしてリノベーションされ、現在は横浜みなとみらい地区のドックヤードガーデン日本丸メモリアルパークとして生まれ変わっています。
このように、歴史的な文化遺産を残すためには、なんらかのかたちで利用していくしか方法はありません。

なお、横須賀製鉄所のドック横浜船渠のドックも、レンガ積みではなく石積みで造られました。石造りのほうが頑丈ですが、レンガ造りより高価でした。どちらを選択するかは、国の施策か民間かどうか、民間の場合は建設した会社の懐事情に大きく左右されたと言います。

浦賀レンガドック・撤去されたタワークレーンのレール(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・撤去されたタワークレーンのレール(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・工場の建屋が撤去された跡に広がる駐車場(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・工場の建屋が撤去された跡に広がる駐車場(撮影日:2021.10.24)
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「MEGURU PROJECT」の見学ツアー

浦賀レンガドック・海とドックを隔てるゲート上の通路(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・海とドックを隔てるゲート上の通路(撮影日:2021.10.24)

2021年10月から2022年1月にかけての一般公開では、「MEGURU PROJECT」と題して、浦賀ドックの見学ツアーの他、同時期に一般公開された千代ヶ崎砲台跡と2ヶ所をめぐるガイドツアーや黒船が来航した浦賀港周辺を周遊する「URAGA開国クルーズ」なども行われました。
MEGURU PROJECT」のイベント終了後も、千代ヶ崎砲台跡は通年で公開されています(土日祝日のみ)。

日本国内では浦賀ドック川間ドックの2ヵ所しか残っていないレンガ積みドライドックですが、川間ドックは海側にゲートがなくマリーナ施設として常に海水を満たした状態のため、ドックの底まで降りて見学することができるのは浦賀ドックだけです。

浦賀レンガドック・浦賀港を出て行く開国クルーズ(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・浦賀港を出て行く開国クルーズ(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・ガイドツアーやクルーズなどのチケット売り場(撮影日:2021.10.24)
浦賀レンガドック・ガイドツアーやクルーズなどのチケット売り場(撮影日:2021.10.24)

DATA

住所 横須賀市浦賀町4-7-1
アクセス
行き方

●浦賀駅から徒歩の場合
京急本線「浦賀駅」より徒歩約10分

●浦賀駅からバス利用の場合
京急本線「浦賀駅」より京急バス「京急久里浜駅」行きまたは「JR久里浜駅」行きバスに乗車して『ドック前』下車、徒歩約2分

●久里浜駅からバス利用の場合
京急久里浜線「京急久里浜駅」より京急バス「浦賀駅」行きバスに乗車して『ドック前』下車、徒歩約2分
(JR久里浜駅から浦賀駅行きのバスもありますが、本数が少ないため、京急久里浜駅からの利用をおすすめします)

※「2021-2022浦賀レンガドック一般公開」開催期間中は、JR横須賀駅・京急線汐入駅方面から、観音崎経由、浦賀ドック・千代ヶ崎砲台方面行き(燈明堂入口行き)の周遊バス「よこすか潮風ライナー」が運行されました。

駐車場 なし ※「MEGURU PROJECT」イベント開催時は臨時駐車場(無料)が設置されていました。
営業時間

イベント開催時や見学ツアー以外は、非公開。
※2022年4月からはNPO法人よこすかシティガイド協会による「横須賀歴史遺産 浦賀ドック」ガイドツアー(事前申込制)がはじまりました。

電話番号 浦賀ドック見学ツアーについて:046-822-8256(NPO法人よこすかシティガイド協会)
※掲載の内容は、予告なく変更となっている場合があることをご了承ください。

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