横須賀・長沢の若宮神社は、通研通りから三浦富士への登山口の一つ・浅間神社バス停口から山頂に向かう途中に鎮座する、小さな神社です。
石祠、灯籠、狛犬、手水鉢など境内のほとんどのものが苔むしていますが、鳥居や狛犬は新しいものもみられ、けっして手入れがされていないというわけではありません。むしろ、古いものには意図的に手を付けていないようにみえます。
そのせいか、現在の三浦半島ではあまりみられない、山里の素朴なお社の雰囲気をよく留めた神社です。
| 主祭神 | 大雀命 |
| 旧社格等 | ― |
| 創建 | 不詳 (江戸時代後期以前) |

江戸から明治期の長沢の若宮神社
長沢若宮神社の詳しい由緒は分かりませんが、江戸時代後期に編さんされた「新編相模国風土記稿」に “若宮社 村持。下同。六月七日祭ル。” とあり、少なくとも江戸後期には鎮座していたことが分かります。この直前の文には “浅間社二 一ハ村持。一ハ津久井村持。共ニ例祭六月八日。” とあり、浅間社の例祭の前日に、若宮社の例祭が執り行われていたことが分かります。「津久井村持の浅間社」というのは、おそらく、三浦富士山頂に鎮座している浅間神社奥宮のことでしょう。
神奈川県が1879年(明治12年)から1920年(大正9年)にかけてまとめた「明治12年 神社明細帳(三浦郡)」には若宮神社の境内は “百九十六坪”(約648㎡。バレーボールコート4面分に近い)とあり、この山の斜面のかなり広い範囲が境内だったことが分かります。

どちらも考えられる八幡神の若宮説と浅間神社の新宮説
1908年(明治41年)、長沢の若宮神社(旧長沢村字梅田)は、旧長沢村に鎮座していた浅間神社、熊野神社、春日神社とともに、村社・天照大神に合祀されました。しかし、若宮神社は、それ以降も地域の人たちによってもとの鎮座地でお祀りされてきました。
若宮神社の御祭神・大雀命は、仁徳天皇のことです。「若宮神社」という名前の神社は、主に、もともと鎮座していた本宮に対する新宮に付ける場合と、八幡神・応神天皇の皇子・仁徳天皇を祀る神社という場合に分けられます。素直に御祭神から考えれば、鎌倉の鶴岡八幡宮などから分霊を勧請したと考えるのが適切かもしれません。
しかし、御祭神は、江戸期や明治維新後に日本神話から取り入れられた可能性も考えられますので、これだけを頼りに由緒を断定することは難しいと言えます。
長沢の若宮神社の場合は、三浦富士の中腹にあることや前述のとおり祭礼日が連続していたことなどから、同じ旧長沢村梅田に鎮座していた浅間神社や三浦富士山頂の浅間神社奥宮との関係も考えられます。三浦富士の登山道は若宮神社の境内を縦断するように通っていますので、まったく関係がないとするほうが不自然と言え、浅間神社の新宮という可能性も完全には否定できません。
なお、三浦半島には横須賀・久比里(最寄り駅は京急久里浜駅またはJR久里浜駅)と三浦・下宮田(最寄り駅は三崎口駅)にも若宮神社がありますが、いずれも仁徳天皇を主祭神として祀る、八幡神・応神天皇に対する若宮という系統の神社です。





長沢若宮神社周辺の見どころ






