三浦富士はかつて「浅間山」と呼ばれていた山で、山頂には浅間神社の奥宮があります。
三浦富士と呼ばれることが多いですが、単に「富士山(ふじやま)」と呼ばれることもあります。
その名前のとおり富士信仰の山で、山頂の奥宮に対して、京急久里浜線津久井浜駅の隣りに里宮が祀られています。
津久井浜駅や京急長沢駅方面からは砲台山を経由して武山までハイキングコースになっていて、低山ながらまわりに高い山がないため、東京湾や本家・富士山などを望むビュースポットも点在しています。
津久井浜駅のすぐ隣の里宮(本殿)に参拝してから、三浦富士山頂の奥宮に参拝すれば、気軽に富士信仰を味わうことができます。
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浅間神社奥宮が鎮座する山頂からは 東京湾を一望
三浦富士の山頂にはベンチやトイレはなく、あまり広い場所でもないため、お弁当を広げるような場所には適していません。眺望も360度の大パノラマとまでは行きませんが、東京湾を中心に周囲を見渡すことができます。
海から見ると高い位置に見える久里浜霊園も、三浦富士の山頂からは眼下に見下ろすかたちになり、それなりの標高を登ってきたことを実感できます。(と言いましても、三浦富士の標高は183mですが)
浅間神社の奥宮がある山頂では、毎年7月8日に、家内安全・大漁・海上安全・五穀豊穣などを祈願する神事「お焚き上げ」が盛大に行われていましたが、後継者不足や参拝者の減少などが原因で、2015年以降は行われていません。
三浦半島では三浦富士の他に、葉山の仙元山が富士信仰の山として知られています。
登山道の入口には浅間神社の鳥居が建つ
三浦富士へは、京急久里浜線のYRP野比駅、京急長沢駅、津久井浜駅のそれぞれから、別々のルートで登ることができます。
YRP野比駅からの場合は通研通りの浅間神社バス停付近から、京急長沢駅からの場合は長沢殿前公園の近くからか津久井小学校の近くから、津久井浜駅からの場合は津久井浜観光農園の東側から、登ることができます。
このうち、津久井小学校の近くからのルートと津久井浜観光農園の東側からのルートは、登り始めてすぐに合流します。また、これらのルートには、登山道の入口に浅間神社の鳥居が建っています。鳥居までは住宅地や畑が続く道を歩くことになりますが、鳥居をくぐると登山道がはじまります。
いずれも、案内板などで目印になるものが所々にあるため、そこまで迷うことはないと思います。
津久井浜駅のすぐ隣りに鎮座する 浅間神社里宮
津久井浜駅のすぐ隣りにある浅間神社の社伝によると、聖武天皇の天平年間(8世紀)、奈良の大仏の建立を指揮した行基が当地を訪れた際に、浅間山(三浦富士)の山頂に駿河国の浅間神社を勧請したのがはじまりだと伝えられています。
奥宮の場所は現在も変わりありませんが、里宮に当たる本殿は、以前は三浦富士の参道(登山道)途中にあたる場所にあったものを、1928年(昭和3年)に現在の場所に移転鎮座されました。
本殿がある境内には、境内社として金毘羅神社と稲荷神社が祀られています。
線路によって分断された浅間神社の参道
境内から京急久里浜線のガードレールをくぐった反対側の、津久井浜駅の駅前広場の一角には、いくつかの庚申塔と並んで「浅間神社」と刻まれた石碑が建っています。駅から海のほうへ少しだけ進んだ場所です。
津久井浜駅の開業は1966年(昭和41年)です。現在は廃止されていますが、京急久里浜線の開通前は東京湾沿いの海沿いに路線バスが走っていて、浦賀や久里浜方面と三崎方面を結んでいました。
三浦富士(奥宮)への登山や浅間神社(里宮)への参拝は、このバス路線を使って海沿いの最寄りのバス停で降りて、バスの開通以前も海沿いの道で現在の津久井駅付近を経由して、内陸へ向かって行ったものと想像できます。
鉄道の開通によって、このかつての参道は線路で分断されてしまったということになります。(高架区間のためガードレールの下を通れますので、道としてはつながっています)
アクセスする手段が変わっても、津久井浜駅のすぐ隣りの里宮に参拝して、三浦富士山頂の奥宮に向かうというのが、浅間神社の正式な参拝ルートであることには変わりありません。
バリエーション豊かな 三浦富士~砲台山~武山ハイキングコース
三浦富士~砲台山~武山は三浦丘陵の南の代表的な山々で、いずれも標高200m前後の低山ながら、山頂に浅間神社奥宮がある富士信仰の山、旧日本海軍の防空砲台(高角砲台)跡の戦争遺跡が残る山、山頂の武山不動院とつつじが名所となっている山と、それぞれまったく違った個性を持つバリエーション豊かなハイキングコースです。
また、東京湾側(房総半島方面)と相模湾側(富士山方面)の両方の景色をたのしめるのも特徴です。
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