「歌う電車」や「ドレミファインバータ」などの愛称で呼ばれ、四半世紀にわたって親しまれてきた京急の電車が、この夏、歌い終えました。
発車するときに♪ドレミファ~という独特な音階を奏でる電車は、三浦半島に住む人たちはもちろんのこと、東京や横浜から三浦半島へ向かう観光客などにもおなじみでした。
京急ユーザーであれば鉄道ファンでなくても、このメロディを聞けば京急の音だと分かりましたし、「歌う電車」をきっかけに京急ファンあるいは鉄道ファンになった人もたくさんいると言いますから、その影響力の大きさは計り知れないものがあります。
通称「ドレミファインバータ」などと呼ばれていますが、実際にはハ長調の「ファ」から音階が上がっていきます。
このメロディは、1998年から導入された転換クロスシートを装備する2100形や、2002年から導入された通勤型の1000形(初期型のみ)で聞くことができましたが、機器更新によって徐々に「歌わない電車」に変わっていってしまいました。
そして、最後まで残っていた1編成(1033編成)も、2021年7月20日を最後に、機器更新のために運用を離脱しました。同様のメロディを聞ける電車はJR東日本にもありましたが、こちらは10年ほど前に「歌わない電車」へと更新されているため、これで国内から「歌う電車」は絶滅したことになります。
INDEX
最後の貸切イベント「ありがとうドレミファインバータ♪」
「歌う電車」の最後の運用日となった2021年7月20日の直前の7月18日に、最後に残った1000形の1編成を使った特別貸切イベント「ありがとうドレミファインバータ♪」が開催されました。
最後の「歌う電車」1000形の1033編成に乗って、品川駅を出発して久里浜にある京急の工場に向かい、久里浜工場内で「歌」を堪能するというイベントです。
品川駅にはたくさんのファンたちが見送りに訪れた
品川駅では、最後にその音をカメラやスマートフォンなどに収めようと、イベントに参加できなかった多くの「歌う電車」ファン・「ドレミファインバータ」ファンも集まりました。
歌う電車ならではの うれしい配慮
品川駅を出ると、特別貸切列車のため途中駅は停まらないのですが、ノンストップで運行されたわけではありませんでした。通常のイベント列車であればノンストップであることも醍醐味の一つですが、停車からの加速時の音階を聞きたいわけですから、今回ばかりはたくさん停まってくれたほうがうれしいということになります。
そのようなこともあってか、前の電車に近づくたびに、一度完全に停車して、♪ドレミファ~というメロディを何度も聞かせてくれました。
また、当日はよく晴れた夏らしい一日でしたので車内の空調がありがたいのですが、これも今回に限ってはやっかいな存在でした。「ドレミファインバータ」を鑑賞する際のノイズになってしまうからです。
しかし、イベントを開催してくれた方々の粋な計らいで、停車からの加速時に限ってこまめに空調を止めてくれて、♪ドレミファ~のメロディを堪能させてくれました。
通過する各駅や沿線にも多くのファンの姿が
通過時にはその音を聞くことはかなわないと知りながらも、沿線にもたくさんの「歌う電車」ファン・「ドレミファインバータ」ファンが駆けつけていました。
品川から川崎、横浜あたりまでは、高架区間が多いことや線路に近づくことができない区間が多いため駅での見送りが多かったですが、三浦半島に入ると線路の近くでカメラを向ける人や手を振る人が増えていきました。
小さなお子さんと母親で線路沿いまで駆けつけているような場面も見受けられて、いかにこの「歌う電車」「ドレミファインバータ」が幅広い人たちに愛されていたかということを感じられました。
久里浜工場で開かれたドレミファインバータ鑑賞会
久里浜工場に着くと、電車の外と中から「ドレミファインバータ」を満喫するというイベントが開かれました。普段は気づきませんでしたが、電車の外からと中からとでは、だいぶ聞こえ方が違うものです。
外から音を聞いてみよう♪
音を奏でる「ドレミファインバータ」ことVVVFインバータは、電車の床下に設置されています。そのため、外から聞いたほうが機器から発する音をそのまま耳にすることができますので、より大きく、クリアに聞くことができます。
車内で音を聞いてみよう♪
一方、車内から聞いた場合は、外から聞く場合と比べてクリアさはないものの、当たり前ですがVVVFインバータとともに自分も移動していくため、音源からの距離が常に一定に保たれていて、音階全域をフラットに聞くことができます。
それぞれに良さがあるためどちらが良いという感想はありませんでしたが、どちらも身体に馴染んでいる音のため、聞けなくなってしまうことに実感がないということを思うだけでした。
久里浜工場でのイベントが終わると、最後は再び1033編成に乗って京急久里浜駅まで行って、解散となりました。
京急久里浜駅では、待ち構えていた多くのファンとイベントに参加したファンに見送られて、「歌う電車」は車庫がある久里浜工場に戻って行きました。
歌う電車が歌うことになった理由
電車を動かすためにはモーターが必要です。そのモーターをコントロールする機器の一つにVVVFインバータと呼ばれるものがあります。
2100形や1000形の初期型では、ドイツの電気機器メーカーであり鉄道車両製造メーカーとしても世界第2位であるシーメンス社製の、GTO素子という半導体を用いたVVVFインバータを採用していました。
このGTO素子を用いたVVVFインバータは、停車からの加速時に人間の耳には耳障りと感じる低い周波数のノイズ(磁励音)を発してしまうため、♪ドレミファ~という音階を被せるようにしたと言われています。
これはシーメンス社製のGTO素子を用いたVVVFインバータ独自の仕様で、遊び心でわざわざ♪ドレミファ~と聞こえるように調整されています。
歌う電車が歌うことをやめた理由
その後、技術の進歩によってIGBT素子という半導体を用いたVVVFインバータが登場するようになると、耳障りなノイズも制御できるようになり、あえて音を被せるという必要がなくなりました。
また、導入当初は性能的にもコスト的にも優れていたシーメンス社製のVVVFインバータも、日本の気候に合わないことや海外メーカーのため保守性が良くないという問題を抱えるようになっていきました。
そのため、自動車の車検にあたるような大規模な検査時に、順次、歌わない、IGBT素子を用いた国内メーカー製のVVVFインバータに置き換えられていきました。
歌わなくなったことはどこかさびしいですし、国内メーカー製でも意図的に音を奏でるようにすることはできなくはないのでしょうけれど、「ドレミファインバータ」を騒音と感じる人もいるのでしょうから、できるだけ静かな電車にしていくのは正しい流れだと思います。
しかし、平成から令和にかけて京急に歌う電車が走っていたという事実は、今後も語り継がれていくことでしょう。