北久里浜駅は、横須賀市南部にある、京急久里浜線の駅です。通称「キタクリ」と呼ばれています。
京急久里浜線の駅のなかでは京急久里浜駅に次いで乗降客数が多く、駅周辺に飲食店が多いという特徴があります。
駅の東側はすぐそばまで山が迫っている地形のため、開けているのは国道134号が走る西側だけで、駅の出口もこちら側だけにあります。平成から令和にかけて、徒歩圏内にも住宅が増えましたが、大規模な住宅地は森崎や岩戸などの駅郊外の台地に多いため、それらと駅を結ぶバス路線が多く出ています。
バスの発着する駅前ロータリーの中心にはシンボルツリーのクスノキの大木が空高くそびえています。毎年、このクスノキがイルミネーションで彩られるのが、北久里浜駅の冬の風物詩となっています。

北久里浜駅は、戦時中の1942年(昭和17年)12月1日に、「昭南駅」として開業しました。「昭南駅」という駅名は、この周辺の地名とは関係なく、第二次世界大戦で日本がシンガポールを占領した際に名付けた日本名「昭南島」に由来します。
現代の感覚からすれば常軌を逸した決定といえますが、戦時統制下とはそのようなものなのでしょう。
戦後の1948年(昭和23年)、「昭南駅」は付近の古くからの地名をとって「湘南井田駅」と改称しました。先頭に冠した「湘南」はシンガポールとは関係なく、京急の前身の一つである湘南電気鉄道の延伸区間の駅であることや、戦時下に京急が現在の東急や小田急と合併していた際「湘南線」と呼ばれていたことに由来します。
現在の「北久里浜駅」という駅名になったのは、1963年(昭和38年)のことです。この年、京急は、「湘南〇〇駅」を「京浜〇〇駅」と一斉に改称していますが、例外的に「湘南井田駅」は「京浜井田駅」とはなりませんでした。
なお、北久里浜駅周辺に「北久里浜」という地名があるわけではなく、現在の住所は横須賀市根岸町です(「井田」という地名は失われています)。また、市の行政区分では久里浜地区(久里浜行政センター管内。旧久里浜村)ではなく、大津地区(大津行政センター管内。旧大津村)です。
北久里浜駅から下り方面の隣り駅・京急久里浜駅までの営業キロは約2.8kmと離れていて、六浦駅~神武寺駅間と並び、京急全線で最長の区間です(上り方面の隣り駅・新大津駅までは約0.9 km)。
このあたりの氏神様も、新大津駅近くに鎮座する大津諏訪神社(1923年(大正12年)に発生した関東大震災までは千片神社)で、歴史・文化的にも久里浜地区とのつながりは深くありません。
駅名以外からは久里浜らしさを感じられない「北久里浜」は、「北・久里浜」というより「キタクリ」として、独自の進化をとげてきたエリアと言えるかもしれません。
