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光心寺 | 軍港から衣笠に移転した軍艦比叡鎮魂碑や日清戦争戦没者を祀る忠魂祠堂の建つ寺院

光心寺・本堂と軍艦比叡鎮魂碑、忠魂祠堂(撮影日:2021.03.01) 横須賀
光心寺・本堂と軍艦比叡鎮魂碑、忠魂祠堂(撮影日:2021.03.01)

光心寺こうしんじは、横須賀市はまゆう会館の隣りにある寺院です。江戸時代前期に楠ヶ浦町(現在の米海軍横須賀基地内)で、鎌倉・光明寺の末寺として創建されました。
しかし、昭和初期に旧日本軍の海軍用地となったため、衣笠(現在の衣笠栄町)の現在地に移転してきました。かつては山号を「長峯山(長峰山)」と言いましたが、これは創建当時の所在地の小名です。

境内には、移転前の光心寺の隣接地にあった横須賀海軍工廠(かつての横須賀製鉄所、横須賀造船所。現在の米海軍横須賀基地内)で、明治後期から大正初期にかけて建造され、第二次世界大戦中に沈没した、軍艦比叡(戦艦比叡)の鎮魂碑と戦没者供養塔が建っています。
その隣りの忠魂祠堂は、日清戦争の戦没者を祀るために建てられたお堂です。

山号楠箇山
宗派―
寺格―
本尊阿弥陀如来
創建江戸時代前期
開山―
開基清誉休安

光心寺の建つ衣笠栄町は、三浦半島の内陸地にあり、横須賀軍港のあった横須賀の港からは離れた場所にあります。しかし、横須賀軍港周辺にあったという歴史もあり、旧日本軍の慰霊施設が複数建てられています。

光心寺(撮影日:2026.09.22)
光心寺(撮影日:2026.09.22)
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横須賀の海を見下ろす山上にあった忠魂祠堂

光心寺・忠魂祠堂(撮影日:2026.09.22)
光心寺・忠魂祠堂(撮影日:2026.09.22)

光心寺・忠魂祠堂は、1899年(明治32年)に横須賀下町地区(現在、主に横須賀中央と呼ばれるエリア)や東京湾を見下ろす大勝利山(現在の横須賀市緑が丘、大滝町2丁目、若松町2丁目)で、浄土宗の僧侶らによって建立されました。しかし、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で大きな被害を受けたため、昭和前期に光心寺境内に移されて、再建されました。
このとき、忠魂祠堂境内にあった北京籠城軍艦愛宕戦死者碑は、馬門山墓地(現在の横須賀市根岸町)に移設されています。

光心寺・軍艦比叡鎮魂碑と軍艦比叡戦没者供養塔(撮影日:2026.09.22)
光心寺・軍艦比叡鎮魂碑と軍艦比叡戦没者供養塔(撮影日:2026.09.22)
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その他の光心寺境内の見どころ

不動堂と地蔵堂

光心寺・不動堂と地蔵堂(撮影日:2021.03.01)
光心寺・不動堂と地蔵堂(撮影日:2021.03.01)

招魂碑

光心寺・招魂碑(撮影日:2026.09.22)
光心寺・招魂碑(撮影日:2026.09.22)

三界萬霊塔と庚申塔群

光心寺・三界萬霊塔と庚申塔群(撮影日:2026.09.22)
光心寺・三界萬霊塔と庚申塔群(撮影日:2026.09.22)

防空壕跡

光心寺・忠魂祠堂裏の防空壕跡(撮影日:2026.09.22)
光心寺・忠魂祠堂裏の防空壕跡(撮影日:2026.09.22)
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光心寺周辺の見どころ

DATA

住所 横須賀市衣笠栄町1-51
アクセス
行き方

JR横須賀線「衣笠駅」より徒歩約7分

駐車場 あり
料金

無料(志納)

電話番号 046-851-0670
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