佐島の熊野社は、三浦半島西部有数の漁港である佐島漁港近く山すそに鎮座する、旧佐島村の鎮守です。1891年(明治24年)に起きた佐島の大火によって、神社に伝わる由緒等は焼失してしまったため、創建に関わる詳細は不明です。
それぞれ江戸時代中期の「宝永元年別当覚法師」(宝永元年は1704年)、「享保七年神代寺現住秀快法師」(享保7年は1722年)の棟札が残ることから、このときか、これより前の創建とみられています。
1908年(明治41年)に、佐島村内に鎮座していた、耕守社、神明社、天神社の3社を合祀しています。このうち天神社は、戦後の1951年(昭和26年)に分離し、現在はもとあった天神島で祀られています。
| 主祭神 | 伊弉諾尊 |
| 旧社格等 | 村社 |
| 創建 | 江戸時代中期またはそれ以前 |
| 祭礼 | 2月11日 祈年祭【春祭】 2月11日 神明社祭【お伊勢様】 7月第3日曜日 八雲祭【天王様】 ※実際の日にちは異なる場合があります |
佐島の熊野社の夏祭り「熊野社八雲大神祭礼」は、境内社の八雲神社の祭礼です。この祭礼では、横須賀市重要無形民俗文化財に指定されている「佐島御船歌」や農林水産省の農山漁村の郷土料理百選に選ばれた「へらへら団子」が奉納されます。
「御船歌」とは、江戸時代に将軍や大名の豪華な船「御座船」に乗るときや新造船の船下ろしのときに唄われた歌のことです。佐島では、遅くとも江戸後期には、漁船を飾り板などで装飾し、御座船にみたてて、祭礼や正月などの祝いの場で唄われていたとみられています。
「へらへら団子」は、薄力粉や白玉粉で作った平たい団子にあんをからめた素朴なあんころもちで、祭礼にあわせて各家庭で作られる、佐島の郷土料理です。

牛頭天王と修験の神代寺とともにあった江戸時代の熊野社

江戸時代後期に編さんされた地誌「新編相模国風土記稿」によれば、この時代の熊野社は、本地仏(神の本来の姿とされた仏)として阿弥陀を安置し、末社として牛頭天王があり、神代寺(現存せず)が管理していたことなどが記録されています。
明治維新後の神仏分離令(廃仏毀釈)以降、神仏習合の牛頭天王は、須佐之男尊を御祭神とする八雲神社として祀られています。
神代寺は、同じく「新編相模国風土記稿」に、本尊として不動を祀る、蓬莱山覚実院と号する修験の寺院だったとあります。熊野信仰のベースには修験道もあることから、かつての熊野社と神代寺は一体的に営まれていて、明治維新後の神仏分離令で神代寺が廃されて、熊野社だけが残ったものと考えられます。
熊野社の境内の片隅では、今もひっそりと、不動明王が祀られています。

その他の熊野社(佐島)境内の見どころ
急峻な崖に囲まれた社殿の周囲には多数の人工的な横穴があり、その内部には祠が鎮座しています。





熊野社(佐島)周辺の見どころ






