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横須賀市上下水道局逸見総合管理センター(旧横須賀軍港水道逸見浄水場)| 大正から現在進行形の横須賀水道の司令塔

横須賀市上下水道局逸見総合管理センターを旧逸見浄水場越しに望む(撮影日:2025.12.26) 横須賀
横須賀市上下水道局逸見総合管理センターを旧逸見浄水場越しに望む(撮影日:2025.12.26)

横須賀市上下水道局逸見総合管理センターへみそうごうかんりせんたーは、相模川酒匂川などの水源地から浄水場を通して送られてきた水を、市内各地に効率よく給水するための、横須賀市における水運用システムの司令塔となる施設です。逸見浄水場へみじょうすいじょうの敷地内に、1989年(平成元年)に完成しました。
山が多く複雑な地形の横須賀では、人口や面積に対して配水池ポンプ所の数が多く、逸見総合管理センターはこれらを総合的にコントロールする重要な役割を担っています。

逸見浄水場は、明治後期から大正前期にかけて、旧日本海軍が横須賀造船所(明治維新後に横須賀製鉄所から改称。後の横須賀海軍工廠。現在の米海軍横須賀基地内)をはじめとした横須賀軍港で使用するための水道施設の強化を図るため、相模川の支流である中津川半原はんばら(現在の神奈川県愛甲郡愛川町)を水源とする「横須賀水道横須賀軍港水道)」を築造した際、横須賀側の拠点として整備した施設です。
戦後、横須賀水道・半原系統は、旧海軍から横須賀市に移管され、水資源に乏しい横須賀市民のために供給され続けましたが、水源水質の悪化や施設の老朽化などを理由に、2007年に取水を休止し、2015年に廃止されました。逸見浄水場もこのときに廃止されています。

逸見浄水場横須賀軍港向けに造られた施設ですが、後に、半原系統の余水分与を横須賀市の一般市民に届けるための施設として、逸見配水池も隣接地に造られています。この逸見配水池は、半原系統廃止後も、他の水源系統の中継施設として今も現役で使われています。

時代によってその役割に変化はありますが、この場所は、大正時代から令和の現在に至るまで、一貫して横須賀の水道の中枢であり続けています。

逸見浄水場は、浄水場としての役割を終えた後も、大正時代の貴重な近代化遺産として保存されています。2005年には、緩速ろ過池調整室・配水池入口・ベンチュリーメーター室の合計7件の建造物が、国の登録有形文化財に指定されました。また、2016年には、日本遺産「鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~」の構成文化財の一つとして認定されています。

横須賀市上下水道局逸見総合管理センター(撮影日:2025.12.26)
横須賀市上下水道局逸見総合管理センター(撮影日:2025.12.26)
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逸見浄水場と横須賀軍港水道・横須賀市営水道の歴史

横須賀市上下水道局逸見総合管理センター・横須賀最古の水道管の展示(撮影日:2025.12.26)
横須賀市上下水道局逸見総合管理センター・横須賀最古の水道管の展示(撮影日:2025.12.26)

横須賀最初の近代水道「軍港水道走水系統」

横須賀の近代的な水道の歴史は、「軍港都市・横須賀」ならではの少し複雑な経緯をたどってきました。
横須賀市水道局が1973年(昭和48年)に発行した「横須賀市水道史」によれば、幕末に小栗上野介忠順おぐり こうずけのすけ ただまさの進言によりフランス人技師・ヴェルニーが建設した横須賀製鉄所(明治新政府接収後に横須賀造船所と改称)で使用するための水道水を、ヴェルニーが発見した走水水源地はしりみずすいげんちから約7kmの水道管を布設して引いたのが、横須賀における最初の近代的な水道だと言います。走水水道横須賀軍港水道・走水系統などと呼ばれたこの水道は、1876年(明治9年)に完成し、その後も、横須賀造船所をはじめとした横須賀軍港の需要増加にあわせて、たびたび改良が加えられていきました。

このころの横須賀の一般市民は、生活用水は主に山すそに点在する井戸をたよりにしていて、これらの水源を囲い込み、水を売ることをなりわいとする水屋も存在していたと言います。横須賀軍港が発展していくと同時に、横須賀に移り住む人も増え、それを補うために埋立地が開発されるようになっていきました。こうして拡張していった下町地区(大滝町・若松町・小川町といった、現在の横須賀中央エリア)は、海面を埋め立ててできた土地のため井戸がなく、横須賀の水不足は深刻になっていく一方でした。

旧「走水系統」を活用した横須賀市最初の簡易水道

そのようななか、1902年(明治35年)、海軍によって、走水系統をそれまでの径8インチの鉄管から径10インチの鉄管への布設替えが行われました。横須賀市(当時は横須賀町)は、この不用となった径8インチの鉄管を譲り受け、海軍の走水水源地とは別に走水覚栄寺裏山に貯水池を設けて、その湧水を水源とし、とくに水に不自由していた埋立地の下町地区に給水を開始しました。これが、横須賀市における一般市民向けの最初の簡易水道で、計画給水人口4,323人を対象に、1908年(明治41年)12月より通水が開始されました。

「軍港水道半原系統」の逸見浄水場と横須賀市の逸見配水池

一方、海軍では、横須賀軍港での水の需要が、走水系統の改良だけでは追いつかない状況となってきていたため、1912年(明治45年)2月、相模川の支流である中津川を水源とする横須賀軍港水道(横須賀水道)・半原系統の工事に着手しました。
このとき、半原系統横須賀側の浄水場として整備されたのが逸見浄水場で、1918年(大正7年)10月に通水を完了し、1921年(大正10年)にすべての工事が完了しました。

この半原系統築造の計画を聞きつけた横須賀市は、海軍に走水系統の借り受けを申請し、1919年(大正8年)4月より実現しました。
横須賀市借り受け後の走水系統は、既設の送水管をそのまま利用して、途中の下町地区一帯の給配水を行ないながら、その余水を横須賀軍港内の走水系統末端にあたる湿ヶ谷しめりがや配水池に入れ、市が新設した連絡管とポンプ設備により、同じく市が新設した逸見浄水場隣りの逸見配水池に揚水し、さらに、海軍の半原系統から分与される余水を加えて、市内一帯に給水するというものでした。
上町などの高台などにも拡大していった市街地へ給水可能な範囲を広げるため、昭和前期までに、県営水道からの分水を加えるとともに、緒明山配水池(現在の上町)、中里配水池(同汐入町)、田浦配水池(同船越町)などの配水池を高台に増築しています。

戦後、横須賀軍港水道逸見浄水場を含む半原系統走水水源地を含む走水系統は横須賀市に移管され、後に整備された他の水源系統・水道施設とあわせ、横須賀市の安定的な水道供給に欠かせない施設として利用されてきました。

横須賀市上下水道局逸見浄水場緩速ろ過池調整室Ⅳと東入口(撮影日:2025.12.26)
横須賀市上下水道局逸見浄水場緩速ろ過池調整室Ⅳと東入口(撮影日:2025.12.26)
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往時を偲ぶように残る 逸見浄水場跡地

横須賀市上下水道局逸見浄水場・緩速ろ過池(撮影日:2025.12.26)
横須賀市上下水道局逸見浄水場・緩速ろ過池(撮影日:2025.12.26)

横須賀軍港水道(横須賀水道)・半原系統では、半原水源地逸見浄水場の標高差が約70mあることを利用して、ポンプを使わずに53kmの距離を自然流下させて引水させていました。
当初の計画1日送水量は13,000㎥で、走水系統の6倍以上の送水が可能になりました。その後、半原水源地側にポンプ所を設けてより高台から導水するようにしたり、途中の逗子沼間ポンプ所で加圧するなど改良を加えた結果、1936年(昭和11年)ごろまでには、1日2万㎥の導水能力を持つようになりました。
今も逸見浄水場の跡地に残る、水のない広大な緩速ろ過池が、往時の隆盛ぶりを偲ばせてくれています。

この他に、逸見浄水場の遺構としては、緩速ろ過池調整室配水池入口ベンチュリーメーター室などが残っています。
このうち、逸見浄水場のランドマーク的な建築物である白亜の塔は、地下に埋まる浄水池(現在は配水池と称する)中央通路の東西の入口として造られたものです。

横須賀市上下水道局逸見浄水場配水池東入口[斜め](撮影日:2025.12.26)
横須賀市上下水道局逸見浄水場配水池東入口[斜め](撮影日:2025.12.26)
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DATA

住所 横須賀市西逸見町2-10
アクセス
行き方

京急線「逸見駅」より徒歩約15分

営業時間

※通常非公開(年に1回程度、事前募集制の見学会あり)

料金

※現地集合・現地解散の見学会では、通常無料

電話番号 046-822-3945
ウェブサイト https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/6945/sisetu/fc00005089.html
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