三浦海岸駅は、京急久里浜線の終着駅・三崎口駅の一つ手前の駅です。駅名の由来は駅から徒歩5分ほどの場所にある三浦半島でも有数の海水浴場「三浦海岸」と思われがちですが、それは半分正しく、半分まちがっています。
鉄道が開通するまでこの海岸は、周辺の地域名から「下浦海岸」や「南下浦海岸」、あるいは地名(三浦市南下浦町上宮田)から「上宮田海岸」と呼ばれていました。「三浦海岸」という鉄道の駅名と海水浴場名は、京急が鉄道開通に合わせて、三浦半島観光のイメージ戦略の一環として名づけたものなのです。なお、同じような京急による海水浴場を中心とした観光地の新たな地名開発は、昭和初期に開業した馬堀海岸駅(当時は前身の湘南電鉄としての駅)の前例があります。
三浦海岸の海岸線(国道134号)沿いにある駐車場は「下浦海岸第1駐車場」「下浦海岸第2駐車場」と言いますが、これらの駐車場名は「下浦海岸」と呼ばれていたころの名残りです。


三浦海岸駅が開業したのは、1966年(昭和41年)7月7日のことです。当時の夏の娯楽といえば海水浴が圧倒的で、駅が開業してから平成前期ごろまでは、三浦海岸海水浴場の最寄り駅として三浦海岸駅も大いに賑わいました。
京急も海沿いに「京急三浦ビーチセンター」というマリンレジャーの拠点をつくったり、日替わりで当時のトップアイドルが出演する「三浦海岸フェスティバル」というイベントを開いたり、その出演歌手と同乗できるイベント列車「京急ミュージックトレイン号」を走らせたり、三浦海岸のPRや開発に力を注いできました。
三浦海岸駅にはホームが2面ありますが、普段の乗降客数に対して、広く長く造られています。ホームの長さは、12両編成分の有効長があります。三浦海岸海水浴場が最盛期を迎えていたころは、ここに6両編成の電車を2編成縦列停車させて、押し寄せる海水浴客をさばいていました。

現在、三浦海岸駅が1年でもっとも賑わうのは、海水浴シーズンではなく、「三浦海岸桜まつり」の開催期間です。三浦海岸駅から線路沿いを三崎口駅方面に10分ほど歩くと河津桜並木があり、平成後期ごろからは、海水浴人気と入れ替わるように、ここが三浦海岸の新たな人気観光スポットになっています。毎年、最盛期には、駅から河津桜並木まで歩道を歩く人の長い長い渋滞ができます。

河津桜は三浦海岸駅の駅前広場でもたのしむことができます。「三浦海岸桜まつり」開催期間中は駅前に地元の特産品をあつかうテント村が開設されたり、夜は桜がライトアップされたり、駅名看板のデザインが河津桜をイメージしたものに変更されたり、三浦海岸駅自体もお祭り会場の一つになっています。


高度成長期以降、三浦半島で三浦海岸とならんで京急が開発に力を入れていたのが油壺です。かつて、京急久里浜線には、三崎口駅を経由して油壺駅(仮称)まで延伸する計画がありましたが、それを待たずに開発は進められていました。
その象徴だった京急油壺マリンパーク(2021年に閉園)が開園したのは1968年(昭和43年)のことで、当時は三浦海岸駅からバスが出ていました。
このように、三浦海岸駅は、開業してしばらくの間は、油壺を含めとした三浦半島南部のバス路線のターミナルとなっていました。しかし、1975年(昭和50年)に三崎口駅が開業すると、その役割は同駅に譲ることになりました。ただ、アクセスの都合で、今も金田、剱崎、松輪などの三浦市南東部(三崎港より東京湾側)へのバス路線は三浦海岸駅から発着しています。
また、三浦海岸駅は京急の観光周遊バス「KEIKYU OPEN TOP BUS MIURA」の拠点にもなっていて(2024年8月までは三崎口駅発着でした)、時おり、京急らしく真っ赤に塗られた二階建てバスの発着する姿がみられます。


