京急大津駅は、横須賀市東部にある、京急本線の駅です。駅舎に隣り合うように、宿守稲荷社(大津宿守大明神)が鎮座しています。この神社の創建は鉄道の開通よりずっと古く、江戸時代中期の1713年(正徳3年)と伝えられています。
京急大津駅の少し海側に線路と並行して走る道はかつての浦賀道(東海道・保土ヶ谷宿から金沢を経由して横須賀の東京湾側に沿って浦賀に至る「東浦賀道(東回り浦賀道)」)で、県立大学駅近くの聖徳寺坂から馬堀海岸駅手前の矢ノ津坂までは、現在の京急本線とほぼ同じルートを通っていました。
宿守稲荷社の「宿」とは、このあたりにあった地名(字名)です。その由来は、江戸時代にこの浦賀道沿いに宿場があったためなのでしょう。
そのような歴史のある土地であったためか、明治時代には、勝男館(開業当初は大津館)という、当時、三浦半島でも有数の規模をほこる旅館ができました。勝男館は、目の前に広がっていた大津海岸(大津海水浴場)を訪れる観光客で繁盛したと言います。
京急大津駅が開業したのは、1930年(昭和5年)4月1日のことです。当時は「湘南大津駅」として開業しました。単に「大津駅」としなかったのは、滋賀県の大津との混同を避けるためと考えられます。
京急大津駅近くの、坂本龍馬の妻・お龍(龍子)の墓があることで知られている信楽寺には、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した武将・熊谷直実の守護仏が、東海道・大津宿の信楽寺と誤って、こちらの大津の信楽寺に届けられてしまったという逸話が残されています。
その「大津」に「湘南」を冠したのは、当時、浦賀駅まで鉄道を開通させたのが、京急の前身の一つである湘南電鉄だったためです。
その後、1963年(昭和38年)に旧湘南電鉄の駅で「湘南〇〇駅」を「京浜〇〇駅」へ一斉に改称した際に「京浜大津駅」へ、1987年(昭和62年)に京急全線で「京浜〇〇駅」から「京急〇〇駅」へ一斉に改称した際に現在の「京急大津駅」へと変わっています。
かつて海のすぐそばにあった京急大津駅は、「京浜大津駅」だった時代に、住宅地の造成や港の整備によって海岸線から遠ざかっていきました。海水浴場こそありませんが、それでも、今でも駅から徒歩圏内には、大津地区高潮対策護岸(旧三春町岸壁)や大津地区1号護岸遊歩道(大津港新堤防)、馬堀海岸遊歩道(まぼちょく)といった海辺の憩いの場が多く残されています。
