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三浦大介義明腹切り松(腹切り松公園)| 衣笠城合戦で自害した終焉の地

三浦大介義明腹切り松(腹切り松公園)(撮影日:2022.01.12) 横須賀
三浦大介義明腹切り松(腹切り松公園)(撮影日:2022.01.12)

平安時代末期、源頼朝の平家討伐の挙兵に際して、時の三浦氏宗家当主の三浦大介義明は、居城であった衣笠城近くのこの地で最期を迎えたと伝えられています。現在、義明が松の下で腹を切ったと伝わる場所の周辺は、「腹切り松公園」という名前の小さな街区公園として整備されています。

三浦義明率いる三浦一族は、源頼朝の挙兵に呼応して味方しますが、本拠地であった衣笠城平家方に包囲されてしまいます。平家方との兵力の差は歴然であったため、子の三浦義澄ら一族を源頼朝と合流させるために、老齢の義明はひとり衣笠城に残り、捨て石となりました。
義明の最期は、衣笠城を抜け出し、その近くのこの場所にあった松の木の下で自害したと伝えられています。(諸説あり)

石橋山の戦いで惨敗した源頼朝でしたが、無事に三浦義澄三浦一族と合流し、次々に東国の武士を味方につけながら勢力を拡大し、平家を滅ぼし、最終的には鎌倉に幕府を開きます。
源頼朝は、挙兵から14年後の1194年(建久5年)、この場所から5分ほどの場所に、鎌倉幕府創設の礎石となった三浦義明を弔うために、満昌寺を建立しました。満昌寺には、三浦義明のものと伝わる墓があります。(三浦義明のものと伝わる墓は、鎌倉・材木座の来迎寺にもあります。)

三浦大介義明腹切り松(腹切り松公園)と石碑(撮影日:2022.01.12)
三浦大介義明腹切り松(腹切り松公園)と石碑(撮影日:2022.01.12)
腹切り松公園(撮影日:2022.01.12)
腹切り松公園(撮影日:2022.01.12)

DATA

住所 横須賀市大矢部5-18
アクセス
行き方

●バス利用の場合
・京急久里浜線「北久里浜駅」より
京急バス「YRP野比駅(大矢部・新岩戸団地経由)」行き、「大矢部・新岩戸団地循環」行き等の大矢部方面行きにて『大矢部三丁目』下車、徒歩約2分

・京急久里浜線「YRP野比駅」より
京急バス「衣笠十字路」行き、「北久里浜駅(新岩戸団地・大矢部経由)」行き等の大矢部方面行きにて『大矢部三丁目』下車、徒歩約2分

・京急線「横須賀中央駅」より
京急バス「長井」行き、「三崎口駅」行き、「横須賀市民病院」行き等の林方面行きにて『衣笠城址』下車、徒歩約10分

・JR横須賀線「衣笠駅」から徒歩約6分の「衣笠十字路」バス停より
京急バス「YRP野比駅」行きにて『大矢部三丁目』下車、徒歩約2分
または、京急バス「長井」行き、「三崎口駅」行き、「横須賀市民病院」行き等の林方面行きにて『衣笠城址』下車、徒歩約10分

●徒歩の場合
京急久里浜線「北久里浜駅」から、徒歩約35分

駐車場 なし
料金

無料

電話番号 046-822-8333(横須賀市 環境政策部公園管理課)
※掲載の内容は、予告なく変更となっている場合があることをご了承ください。

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