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八雲神社(西御門)| 延宝八年銘の庚申塔や妙見大菩薩の石碑が残る旧天王社

八雲神社(西御門)(撮影日:2024.02.02) 鎌倉
八雲神社(西御門)(撮影日:2024.02.02)

鎌倉・西御門にしみかど八雲神社は、須佐男命を御祭神として祀る、旧西御門村の鎮守です。
詳しい由緒は伝えられていませんが、江戸時代後期に編さんされた地誌「新編相模国風土記稿」の西御門村の項にみえる、字大門天王社が前身とみられています。

明治・大正期には八坂社(八阪社)と呼ばれていた時期もあったようです。他の牛頭天王を祀る天王社の多くがそうであったように、明治維新後の神仏分離令(廃仏毀釈)を受けて、須佐男命を祀る八坂社/八雲神社に変わっていったものと考えられます。

主祭神須佐男命
旧社格等村社
創建不詳
(江戸時代後期以前)
祭礼等7月中旬の土曜日 例祭
※実際の日にちは異なる場合があります

昭和初期に当時の鎌倉町が発行した「鎌倉震災誌」によると、1923年(大正12年)に発生した関東大震災では、近隣の来迎寺高松寺(昭和初期に宮城県へ移転)は本堂庫裡が全潰し被害甚大であったのに対して、村社・八雲神社の被害は比較的少なかったと言います。
西御門八雲神社社殿は一見か弱く見えますが、もちろん設計や施工の良さがあったにせよ、小ぶりでスパンが極小な建築が大地震に強いという好例です。

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天保3年建立の社殿と延宝八年銘の庚申塔

八雲神社(西御門)・社殿(撮影日:2024.02.02)
八雲神社(西御門)・社殿(撮影日:2024.02.02)

西御門八雲神社社殿は、江戸時代後期の1832年(天保3年)に建立されたものと伝えられています。このため、少なくとも創建はこれ以前であったはずです。社殿の横には、西御門自治会館が併設されています。

西御門八雲神社の境内には、江戸時代前期の延宝八年銘(1680年)の庚申塔(鎌倉市指定有形民俗文化財)が建っていますので、創建はこの時期までさかのぼることができる可能性もあります。しかし、庚申塔は、周辺の道路の拡張や宅地開発などによって、後年、神社または寺院の境内や道端などに移されていることが多いため、必ずしも当初から神社境内に建立されたものであるとは言えません。

八雲神社(西御門)・鎌倉市指定有形民俗文化財-庚申塔(延宝八年銘)(撮影日:2024.02.02)
八雲神社(西御門)・鎌倉市指定有形民俗文化財-庚申塔(延宝八年銘)(撮影日:2024.02.02)
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二重に門が現われる地名の 西御門の大門

西御門八雲神社が鎮座する「大門」という古い地名の由来については、以下のような説が考えられます。

一つめは、その名のとおり大きな門があったという説です。八雲神社の隣接地には、かつて、太平寺という寺院がありました(前述の高松寺の旧跡)。太平寺鎌倉尼五山の第一位という高い寺格を持った寺院で、円覚寺に現存する舎利殿(神奈川県で唯一の国宝の建築物)は太平寺が廃寺となった際にその仏殿を移築したものとみられています。そのような寺院であったことから山門も格式高い大門を構えていた可能性が高く、二階建てのお堂があった永福寺に由来する「二階堂」のように、それが地名として残ったことが考えられます。

二つめは、このあたりに、大門寺という寺院があったとする説です。大倉源頼朝の住まいである大倉御所(大倉幕府)があったと推定されている、現在の西御門雪ノ下二階堂周辺にあたる古い地名)に大門寺という寺院があったと伝えられていて、それがこの場所にあったため、地名となった可能性があります。
そもそも、「大門寺」という寺号自体、不思議な名前で、結局こちらも一つめの説と同じで、大きな門があったことに由来するということも考えられます。

西御門」という門(大倉御所西門があったことに由来するというのが通説)に由来する地名の中に、さらに門が付く「大門」という地名があることにも若干の違和感がありますが、八雲神社のあたりに大倉御所西門があったとは考えにくいため、西御門=大門ということはなさそうです。

八雲神社(西御門)・社殿の彫刻(撮影日:2024.02.02)
八雲神社(西御門)・社殿の彫刻(撮影日:2024.02.02)
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境内社の妙見大菩薩と稲荷社

西御門八雲神社の境内には、境内社として、妙見大菩薩の石碑と稲荷社の石祠が鎮座しています。
このうち稲荷社は、「新編相模国風土記稿」にも見られる字普慶寺山稲荷社を村社である八雲神社に合祀したものである可能性が考えられますが、詳しくは分かりません。

妙見菩薩は、房総半島の千葉氏によってあつく信仰されていたことが良く知られています。千葉氏は鎌倉幕府でも有数の有力御家人だった他、室町時代も鎌倉公方・足利氏関東管領・上杉氏のもとで活躍しました。

江戸時代に編さんされた大名や役人などの紳士録「武鑑」をもとに昭和初期にまとめられた「大武鑑」によれば、室町時代中期に活躍した千葉一族の武将・海上備中守師胤西御門に屋敷を構えていました。
また、西御門八雲神社の隣りにあった太平寺高松寺の旧跡。ともに廃寺)は、千葉氏から相模の豪族に嫁いだ妙法という尼が開いたとされています(平家に捕らえられた幼少の源頼朝に対して助命を懇願した池禅尼の恩に報いるため、頼朝池禅尼の姪のために創建したとする説もあり)。
このように、このあたりは千葉一族ともゆかりがある場所であるため、妙見菩薩が祀られていることもそれほど不思議なことではないのかもしれません。

八雲神社(西御門)・妙見大菩薩の石碑(撮影日:2024.02.02)
八雲神社(西御門)・妙見大菩薩の石碑(撮影日:2024.02.02)
八雲神社(西御門)・境内社(稲荷社)(撮影日:2024.02.02)
八雲神社(西御門)・境内社(稲荷社)(撮影日:2024.02.02)
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その他の鎌倉の八雲神社

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八雲神社(西御門)周辺の見どころ

西御門・雪ノ下方面

天園ハイキングコース・山ノ内方面

西御門を鎌倉市街とは反対側の山の方へ進んで行くと、回春院奥やぐら群朱垂木やぐら群を経由して、天園ハイキングコースの尾根道に出ることができます。

DATA

住所 鎌倉市西御門1-13-1
アクセス
行き方

JR横須賀線・湘南新宿ライン、江ノ電「鎌倉駅(東口)」より、京急バス「鎌倉霊園正面前太刀洗」行き、「金沢八景駅」行き、「ハイランド」行き、「鎌倉宮(大塔宮) 」行きで『大学前』下車徒歩約10分
または、JR横須賀線・湘南新宿ライン、江ノ電「鎌倉駅(東口)」より徒歩約25分

駐車場 なし
料金

無料(志納)

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