スポンサーリンク

北条義時法華堂跡(北条義時の墓)

北条義時法華堂跡(北条義時墓)(撮影日:2021.12.21) 鎌倉
北条義時法華堂跡(北条義時墓)(撮影日:2021.12.21)

鎌倉幕府の第二代執権であった北条義時よしときは、鎌倉幕府を全国的な武家政権へと築き上げた武将です。また、北条一族が鎌倉幕府の権力を掌握するようになったのも、義時の時代からになります。

北条義時法華堂跡(北条義時墓)では、春にはが、秋には紅葉が、ひっそりとではありますが、力強く色づきます。その姿は、義時の人生に重なるようでもあります。

スポンサーリンク

幕府創設者・頼朝の墓所と並ぶ義時の墓所

法華堂跡(北条義時墓)・国指定史跡の案内板(撮影日:2019.02.26)
法華堂跡(北条義時墓)・国指定史跡の案内板(撮影日:2019.02.26)


鎌倉幕府の初代将軍(鎌倉殿)であった源頼朝の死後、頼朝の妻・政子を姉に持つ北条義時は、父・時政とともに、第二代将軍である源頼家を補佐する「十三人の合議制」の一人になりました。その後、梶原景時かげときの変比企能員ひき よしかずの変畠山重忠しげただの乱和田合戦と、次々と起こった政権闘争で常に中心人物の一人として関わり、幕府の有力御家人たちを排除していくことになります。畠山重忠の乱の後に発生した牧氏の変では、父・時政も鎌倉から追放して、北条一族内部においての地位もトップの座に上りつめました。
1221年(承久3年)に後鳥羽上皇義時に対して挙兵した承久の乱では、戦いに勝った幕府が敗れた朝廷側を完全に従属させることになり、鎌倉幕府は東国武士の頂点から名実ともに全国的な武家政権になりました。

1224年7月1日(元仁元年6月13日)、北条義時が死去すると、源頼朝の法華堂ほっけどうの隣りの山上を墳墓として、その中腹の平場に義時の法華堂が建立されました。鎌倉幕府を開いた源頼朝と並ぶように墓所が築かれたことからも、当時の義時の影響力の大きさが見て取れます。
この北条義時の墓は、源頼朝の法華堂跡とともに、「法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」として国の史跡に指定されています。

吾妻鏡(貞応三年六月十三日・十八日条)(鎌倉歴史文化交流館所蔵)(撮影日:2023.03.09)
吾妻鏡(貞応三年六月十三日・十八日条)《鎌倉歴史文化交流館所蔵》(撮影日:2023.03.09)
スポンサーリンク

近年の発掘調査の成果

北条義時法華堂跡(北条義時墓)へ続く石段(撮影日:2021.12.21)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)へ続く石段(撮影日:2021.12.21)

北条義時法華堂の再現

北条義時の法華堂跡は、長い間、更地の平場に国の史跡を示す石柱と案内板がひっそりと建てられているだけでした。2005年の発掘調査と「吾妻鏡」の記述から、義時の法華堂は、幾度かの火災のたびに焼失と再建をくり返しましたが、13世紀末~14世紀初頭もしくは15世紀頃には廃絶したことが分かっています。

2021年12月現在の北条義時法華堂跡には、発掘調査でわかった建物の礎石や雨落ち溝の場所が、それぞれ、杭とロープで記されています。

北条義時法華堂跡(北条義時墓)・発掘調査でわかった建物の範囲(撮影日:2021.12.21)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)・発掘調査でわかった建物の範囲(撮影日:2021.12.21)

北条義時が主人公の2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の放映にあわせて、スマートフォンのARアプリを使って、3DCGで復元した北条義時法華堂が見られるようになりました。

[利用手順]
① GooglePlayストアまたはAppStoreで「法華堂」(ほっけどう)で検索
② アプリ候補に出てきた「AR北条義時法華堂」をインストール

ARアプリで再現された法華堂とカメラが映し出す現実の世界とを組み合わせて、スクリーンショットを保存することで、記念撮影を撮ることもできます。

北条義時法華堂跡(北条義時墓)・ARアプリで見る法華堂と現実のヤマザクラ(撮影日:2022.03.31)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)・ARアプリで見る法華堂と現実のヤマザクラ(撮影日:2022.03.31)

北条義時法華堂跡の出土品

事実上の鎌倉市の歴史博物館である鎌倉歴史文化交流館では、北条義時法華堂跡の発掘調査で出土した品が展示されています。(企画展による展示品の入れ替え等で、見られない可能性もあります)

北条義時法華堂跡出土品(鎌倉歴史文化交流館展示物)(撮影日:2023.03.09)
北条義時法華堂跡出土品《鎌倉歴史文化交流館展示物》(撮影日:2023.03.09)
スポンサーリンク

北条義時法華堂跡の桜

北条義時法華堂跡(北条義時墓)のヤマザクラ-1(撮影日:2022.03.31)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)のヤマザクラ-1(撮影日:2022.03.31)

北条義時法華堂跡にはヤマザクラの古木が、ポツンと1本だけあります。の木としては決して大きなものではないのですが、枝が真横に長くのびています。幹の近くに添木があるものの、か細い木がここまで真横にのびるものかと思うほどです。
きっと、できるだけ陽当たりが良い方角に枝をのばそうと、懸命に生きてきたのでしょう。

北条義時法華堂跡(北条義時墓)のヤマザクラ-2(撮影日:2022.03.31)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)のヤマザクラ-2(撮影日:2022.03.31)

▼その他の鎌倉の桜の名所はこちら▼

【2024 No.6】特集 | 鎌倉桜の名所
スポンサーリンク

北条義時法華堂跡の紅葉

北条義時法華堂跡(北条義時墓)の紅葉(撮影日:2021.12.21)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)の紅葉-1(撮影日:2021.12.21)

北条義時法華堂跡の平場の片隅には、かつて幕府があった方角に長く枝をのばすモミジの木が、ひっそりと立っています。の木と同じように、こちらも不自然なほど真横に枝をのばしています。
このモミジの木は、紅葉の見ごろが遅い鎌倉でも、最終盤に色づきます。
他の紅葉の名所の多くが見ごろを終えた後にひっそりと華やぐ様は、鎌倉幕府の熾烈な権力争いの結果、最後まで生き残ってトップの座に上りつめた北条義時の人生を映しているようでもあります。

北条義時法華堂跡(北条義時墓)の紅葉-2(撮影日:2021.12.21)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)の紅葉-2(撮影日:2021.12.21)

以下のリンク先からその他の【鎌倉の紅葉おすすめスポット】の情報もご覧ください

【2023 No.11】特集 | 晩秋の鎌倉・モミジ&カエデの紅葉
【2023 No.11】特集 | 晩秋の鎌倉・イチョウの黄葉
スポンサーリンク

鎌倉時代初期における重要人物の墓の密集地帯

北条義時の法華堂跡の奥にある石段を登った先には、大江広元おおえ の ひろもと毛利季光もうり すえみつ島津忠久しまづ ただひさ各氏の墓があります。
また、北条義時の法華堂跡の西側の斜面のやぐらには、三浦泰村一族の墓があります。

北条義時法華堂跡(北条義時墓)・左側のやぐらが三浦泰村一族の墓、右側の鳥居の背後の山上が大江広元、毛利季光、島津忠久の墓所(撮影日:2021.12.21)
北条義時法華堂跡(北条義時墓)・左側のやぐらが三浦泰村一族の墓、右側の鳥居の背後の山上が大江広元、毛利季光、島津忠久の墓所(撮影日:2021.12.21)

以下のリンク先からその他の【北条義時ゆかりの地】もご覧ください

鎌倉幕府第2代執権・北条義時ゆかりの地
スポンサーリンク

法華堂跡(北条義時墓)周辺の見どころ

源頼朝法華堂跡(源頼朝の墓)&白旗神社
鎌倉幕府の初代征夷大将軍(初代鎌倉殿)・源頼朝は、1199年2月9日(建久10年1月13日)に、享年53(満51歳没)で死去しました。前月の1月25日(建久9年12月27日)に催された相模川の橋供養...
鶴岡八幡宮
1180年(治承4年)、源頼朝は源氏ゆかりの地・鎌倉を平家討伐の本拠地として選ぶと、鎌倉のまちづくりに着手します。その際、源頼朝の五代前の祖先にあたる源頼義が京都の石清水八幡宮を勧請して鎌倉の由...
荏柄天神社
荏柄天神社えがらてんじんしゃは、「学問の神様」「芸道の神様」として親しまれている菅原道真を祀った神社です。福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と共に「三古天神社」に数えられる古来です(諸説あり)...
鎌倉宮(大塔宮)
鎌倉宮かまくらぐうは、明治天皇の勅命によって創建された、後醍醐天皇の皇子・護良親王(もりながしんのう/もりよししんのう)を祀る神社です。護良親王は還俗する前は大塔宮(おおとうのみや/だいとうのみ...
護良親王墓&理智光寺跡
元弘の乱で鎌倉幕府を倒幕して、武家政権から天皇中心の社会へと導く立役者となった、後醍醐天皇の皇子・護良親王(もりよししんのう/もりながしんのう)は、無実の罪を着せられて、鎌倉の東光寺(現在の鎌倉宮が...
永福寺跡
永福寺ようふくじは1192年(建久3年)に源頼朝が創建した寺院です。読み方は「えいふくじ」ではなく、「ようふくじ」です。源頼朝による1189年(文治5年)の奥州合戦(奥州征伐)で戦死した、奥州藤...
覚園寺
覚園寺は、1218年(建保6年)に鎌倉幕府第2代執権・北条義時よしときが建立した大倉薬師堂を前身とする寺院です。鎌倉幕府第3代将軍・源実朝みなもとのさねともが鶴岡八幡宮で公暁に暗殺される前年、義...

DATA

住所 鎌倉市西御門2-757
アクセス
行き方

JR横須賀線・湘南新宿ライン、江ノ電「鎌倉駅(東口)」より、京急バス「鎌倉霊園正面前太刀洗」行き、「金沢八景駅」行き、「ハイランド」行き、「鎌倉宮(大塔宮) 」行きで『岐れ道』下車徒歩約4分
または、JR横須賀線・湘南新宿ライン、江ノ電「鎌倉駅(東口)」より徒歩約20分

駐車場 なし(周辺にコインパーキングあり)
料金

無料

電話番号 0467-61-3857(鎌倉市 教育文化財部文化財課)
ウェブサイト https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/209910
※このページに掲載している内容は、予告なく変更となっている場合があることをご了承ください。

error: 申し訳ありません。コピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました