葉山・堀内の海宝寺(海寶寺、戒宝寺)は、海からほど近い場所にある浄土宗の寺院です。すぐ隣りに鎮座する須賀神社(須賀社)とはまるで境内を共有するように、境いめがありません。
周辺には、葉山マリーナや葉山港など、マリンレジャー施設や漁港が点在しています。
山号の「軍見山」は海宝寺の裏山にあたる小高い山の名前で、平安時代末期、三浦一族が平家方と戦った小坪合戦で、大将の三浦義澄が戦の物見に使ったことに由来します。この頂上に旗を立てて味方を鼓舞したことから「旗立山」、あるいは、こんもりと丸い形をした山のため「丸山」などとも呼ばれています。
本堂に安置されている聖観世音菩薩は三浦三十三観音霊場の第24番で、海宝寺は「観音様」の愛称で地元の人たちに親しまれています。
この他、本堂内には、閻魔大王と十王像も祀られています。
| 山号 | 軍見山 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 寺格 | ― |
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 創建 | 不詳 ※江戸時代中期以前 |
| 開山 | 不詳 |
| 開基 | 不詳 |

マリンリゾートの一角で昭和初期の面影を残す境内

海宝寺は、創建年や開山などの詳しい由緒は分かっていません。
江戸時代後期に編さんされた地誌「新編相模国風土記稿」には、同じ堀内にある光徳寺の子院として名前が見えますが、三浦三十三観音の第24番であること程度しか記載されていません。
「郷土誌葉山」によれば、現在の海宝寺の本堂は、1931年(昭和6年)に今の葉山マリーナの敷地にあった3代鈴木三郎助の2階建ての事務所兼住居を移築したものを、2001年に平屋に再改築したものだと言います。
鈴木三郎助家は味の素の創業家で、かつては、後に葉山マリーナとなる場所に葉山工場や逗子にも工場を持っていましたが、この頃には主力工場は川崎に移転していました(味の素は2代鈴木三郎助による創業)。
その後、葉山工場跡地は造船所などとして使用されていましたが、1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックにあわせて、3代鈴木三郎助がホテル付きヨットハーバーとして葉山マリーナを開業させました。
長年、鐙摺の漁港近くで地域の人々に寄り添ってきた海宝寺でしたが、戦後、周辺は、ヨットハーバーをはじめとしたマリンリゾートに様変わりしました。海宝寺の境内は、このあたりでは数少ない昭和初期の面影を残す場所です。


海宝寺周辺の見どころ








