理智光寺橋は、鎌倉中心部を流れる滑川の支流・二階堂川に架かる橋です。永福寺跡わきから、橋の名前の由来になっている理智光寺跡に向かう途中にあります。
橋としては、滑川水系でよく見られるデザインのものですが、晩秋には紅葉したモミジが川に垂れ下がる姿をたのしめる、鎌倉の小さな紅葉スポットです。メインストリートからは少し外れているため、隠れた紅葉スポットでもあります。

「かまくら景観百選」に選ばれた二階堂川の中間地点
二階堂川は、山奥の紅葉の名所として親しまれている獅子舞谷を源流に、金沢街道(県道204号金沢鎌倉線)付近で滑川に合流し、由比ヶ浜で相模湾に注ぎます。
理智光寺橋は、二階堂川と呼ばれる区間のほぼ中間地点にあたる場所に架かっています。
二階堂川は住宅地のなかを静かに流れている小川ですが、理智光寺橋周辺のように自然が豊かな場所も多く、1999年(平成11年)には「かまくら景観百選」に選ばれています。
橋の名前の由来となった理智光寺は現存しておらず、そこに葬られた、後醍醐天皇の皇子・護良親王(もりよししんのう/もりながしんのう)の墓だけが残っています。

理智光寺橋周辺の見どころ

護良親王墓&理智光寺跡
後醍醐天皇の皇子・護良親王(もりよししんのう/もりながしんのう)は、元弘の乱で鎌倉幕府を倒幕して、武家政権から天皇中心の社会へと導く立役者でした。しかし、建武の新政以降は一転して、後醍醐天皇や足利尊...

永福寺跡
永福寺ようふくじは1192年(建久3年)に源頼朝が創建した寺院です。読み方は「えいふくじ」ではなく、「ようふくじ」です。源頼朝による1189年(文治5年)の奥州合戦(奥州征伐)で戦死した、奥州藤...

通玄橋
通玄橋は、鎌倉中心部を流れる滑川なめりがわの支流・二階堂川に架かる橋で、瑞泉寺がある紅葉ヶ谷の入口に位置しています。橋の周辺では、初夏にはあじさい、晩秋にはモミジの紅葉も見られます。「玄」と...



