相模湾に突き出た佐島の天神島に鎮座する天満宮は、「学問の神様」である菅原道真(天神様)を祀る神社です。
「天神島」という島名は、この天満宮(天神社)に由来します。
由緒書によると、15世紀の初め、宮家出身の佐々木道人が関東に下った際、富士山を望む、霊地である天神島を見つけ、この地に天神様の御神体を安置したのが天満宮のはじまりと伝えられています。神仏を深く信仰していた佐々木道人は、九条家の守本尊である天神様を特に崇敬していたと言います。
明治初期までの天満宮は佐島の最岸寺(西岸寺)が別当寺(神社を管理するための寺院)を務めていましたが、神仏分離令の発令後はそのすぐ近くの熊野社が管理するようになっています。
主祭神 | 菅原道真 |
旧社格等 | - |
創建 | 不詳(15世紀) |
祭礼 | 3月25日 天満宮祭 |
天神様によって守られてきた天神島
16世紀末、関東に入ってこの地の領主となった徳川家康からは、天満宮に2石の社領を寄進する朱印状を賜っています。
現在、神奈川県の天然記念物指定区域となっている天神島とその周辺では、火気の使用や、漁業権者以外の者が釣竿・モリ・網等で魚介類を採集すること、遊泳や潜水行為、沖合の笠島への上陸などが禁止されています。御朱印地となった江戸時代にはすでに、これと同等の高札(民衆に法令を周知するための立札)が掲げられていたと言います。
途中、これらのお触れがおざなりになっていた時代もあったでしょうけれど、現在に至るまで、天神島の自然は天神様によって守られてきたと言っても過言ではありません。
西の佐島天神社、東の久里浜天神社
一般的に、横須賀・三浦で学問の神様・菅原道真を祀るのは久里浜天神社が唯一の神社とされています。こちらは神主が常駐していない小さな神社のためこのように扱われていますが、天神島の天満宮も紛れもなく菅原道真を祀る神社です。久里浜天神社より天神島の天満宮のほうが創建年は古く、歴史があります。
なお、相模湾に面した天神島の天満宮と、東京湾に近い久里浜天神社は、三浦半島の西側と東側のほぼ同じ位置(緯度)に鎮座しています。
天満宮がある佐島のお隣り芦名の淡島神社の神様(淡島明神)と久里浜の住吉神社の神様(住吉明神)は夫婦の関係だったり、今でこそまちの雰囲気はまったく違いますが、ちょうど三浦半島の左右対称の位置にある佐島・芦名と久里浜の間には対になるような関係が見られます。
佐島と久里浜はともに、首都圏有数のタコの名産地という共通点もあります。