上杉憲方は、南北朝時代から室町時代初期にかけて活躍した武将で、山内上杉家の第5代当主です。
山内上杉家は、憲方の父・上杉憲顕がその座に就いて以来、鎌倉公方を補佐する関東管領をほぼ世襲していく家で、鎌倉の山ノ内(北鎌倉駅周辺)に居館があったため「山内上杉家」と呼ばれています。
上杉憲方は、父・憲顕と同様、鎌倉公方・足利氏満に関東管領として仕えていました。
上杉憲方の墓は、鎌倉市街(長谷・坂ノ下方面)から極楽寺坂切通(極楽寺切通し)を登り切った先の左手にあります(最寄り駅は、江ノ電の極楽寺駅)。通りから奥まった場所にあるため、少し分かりにくいですが、「上杉憲方墓」と刻まれた石塔が建っていますので、それを目印に路地を入って行った突き当りにあります。
山すそに、いくつかの五輪塔とともに2つの多層塔が建っていて、このうち、もっとも背の高い七層塔が上杉憲方の墓とされています。その隣りに建つ五層塔は憲方の妻の墓と伝えれています。
極楽寺のあたりと山ノ内は、当時の鎌倉の端と端で、かなり離れています。そのような場所に関わりがあったということからも、山内上杉家の鎌倉での存在感の大きさをうかがい知ることができます。
なお、上杉憲方の墓と伝わる場所は、鎌倉にもう1ヵ所あります。上杉憲方自身が開基となって創建した、山ノ内にある明月院のやぐらです。
この明月院やぐらは、鎌倉最大のやぐらとされていて、明月院の寺伝によると、はじめは、平安時代後期の平治の乱で戦死した山内首藤俊通を偲んで、子の経俊が俊通の墓所としたものと伝えられています。
上杉憲方の墓周辺の見どころ
成就院
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極楽洞・千歳開道(極楽寺トンネル)
極楽寺トンネルは、極楽寺駅と長谷駅の間にある、江ノ電唯一のトンネルです。極楽寺駅側が「極楽洞」、長谷駅側が「千歳開道(千歳洞)」というように、トンネルの両側でそれぞれ別々の名称が付けられています。...
極楽寺
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江ノ電極楽寺検車区
江ノ電極楽寺検車区は、江ノ電極楽寺駅の稲村ヶ崎駅寄りの場所にある、江ノ電の車両基地です。極楽寺検車区は江ノ電で唯一の車両基地のため、江ノ電の車両の整備はすべてここで行われます。車庫としては、極楽寺検...