光触寺は、鎌倉時代中期の1278年(弘安元年)に、時宗開祖の一遍を開基とし、作阿が開山となって創建された、鎌倉・十二所の寺院です。
光触寺の建つ六浦道(現在の金沢街道)沿いには、鎌倉時代から室町時代にかけて、多くの有力御家人や鎌倉公方などが屋敷を構えていたことで知られています。
現代の「観光地・鎌倉」としてはスポットライトが当たりにくいエリアにありますが、運慶作と伝わる本尊・阿弥陀如来三尊(頬焼阿弥陀如来)や、関東管領・足利持氏が奉納したと伝わるその厨子、後醍醐天皇の勅筆と伝わる本堂の扁額、鎌倉幕府第3代将軍・源実朝が建立した大慈寺(廃寺)の本尊・阿弥陀仏の仏頭など、往時を忍ばせるにはじゅうぶんな寺宝が残る名刹です。
十二所の鎮守・十二所神社は、かつて、熊野十二所の社として光触寺の境内にありましたが、江戸時代後期の1838年(天保9年)に現在地で再建されました。
山号 | 岩蔵山 |
宗派 | 時宗 |
寺格 | ― |
本尊 | 阿弥陀如来三尊 (頬焼阿弥陀如来) |
創建 | 1278年(弘安元年) |
開山 | 一遍 |
開基 | 作阿 |
光則寺の本尊を含む「木造阿弥陀如来及両脇侍立像」と、この本尊にまつわる絵巻物「紙本淡彩頬燒阿弥陀縁起」(鎌倉国宝館に寄託)は、国の重要文化財に指定されています。
このうち本尊は、10名以上で事前予約することで拝観できる他、例年、6月と10月に個人向けの特別拝観日が設けられます。
また、光触寺は、鎌倉三十三観音霊場第7番札所と鎌倉二十四ヶ所地蔵第5番札所になっていますので、鎌倉の霊場めぐりでは定番の寺院です。

INDEX
身代わり仏で念仏の功徳を説いた「紙本淡彩頬燒阿弥陀縁起」

鎌倉時代後期に成立したとされる「紙本淡彩頬燒阿弥陀縁起」(鎌倉国宝館に寄託)は、後に鎌倉・比企ヶ谷の岩蔵寺に安置されることになる頬焼阿弥陀如来にまつわる絵巻物です。鎌倉にも住んだ公卿・歌人の、冷泉為相の筆によるものだとも伝えられています。
岩蔵寺は光触寺の前身となる寺院で、現在の光触寺の本尊がこの頬焼阿弥陀如来だと言います。光触寺の山号「岩蔵山」は、岩蔵寺の寺号に由来します。
「紙本淡彩頬燒阿弥陀縁起」については、江戸時代前期に成立した地誌「新編鎌倉志」や江戸時代後期に成立した地誌「新編相模国風土記稿」などにもその内容が詳しく書かれていて、江戸時代当時もよく知られた逸話だったということをうかがい知ることができます。
「紙本淡彩頬燒阿弥陀縁起」は、鎌倉の住人であるすくりの氏女・町の局が、鎌倉将軍の招きで下向してきた仏師・雲慶(運慶)に阿弥陀如来像の製作を依頼する場面からはじまります。雲慶が四十八日で作りあげると、町の局はこれを持仏堂に安置します。
この町の局には万蔵法師という下法師が仕えていましたが、常に念仏を怠らず信心深いところがあるものの、妄言や盗みをはたらくという面も持っていました。ある時、家々で失くなったものの罪を着せられた万蔵は、轡の水つきで左の頬に火印をさされるも火痕はできず、それは何度試しても同じだったと言います。
ある夜、町の局の夢枕に阿弥陀如来像が現われると、「私の頬を見よ」と告げました。夢から覚めた町の局が持仏堂の阿弥陀如来像を見ると、そこには火印の痕がありました。
亀ヶ谷から仏師を呼んで修復を試みますが、二十一回試しても治らなかったと言います。
その後、町の局は出家して、比企ヶ谷に岩蔵寺を建立し、阿弥陀如来像を安置しました。町の局は本尊に向かい念仏しながら往生したと言います。人々はこのお堂を「かなやき堂(火印堂)」と呼び、本堂に縁のある者はすべて往生をとげたと言われています。
一方、万蔵法師もまた大磯で庵を結び、念仏に専修して大往生をとげたと伝えられています。

金沢街道が「塩の道」だったことを物語る 塩嘗地蔵

光触寺には、「塩嘗地蔵」と呼ばれるお地蔵様が安置されています。以前は金沢街道沿いに建っていましたが、1897年(明治30年)、光触寺の境内に移されました。
「塩嘗地蔵」というユニークな名前の由来は、六浦の塩売りが朝比奈峠を越えて鎌倉へ来るたび、このお地蔵様に塩をお供えしていましたが、いつも帰りには塩がなくなっているので「地蔵が嘗めたのだろう」という逸話からきています。
六浦には中世から明治時代まで塩田があり、製塩が重要な産業でした。塩嘗地蔵は、金沢街道(六浦道)がその塩を鎌倉に運ぶ「塩の道」だったということを物語る、生き証人でもあります。
その他の光触寺境内の見どころ


光触寺周辺の見どころ
光触寺境内の横に設置されている公衆トイレは、朝夷奈切通(朝比奈切通し)や十二所果樹園方面、あるいは紅葉ヶ淵・お塔の窪やぐら群など吉沢川方面に向かう際の、最後のトイレになります。十二所から山越えで横浜市金沢区や天園ハイキングコースに向かう場合、しばらく公衆トイレはありませんので、光触寺は立ち寄りスポットとして計画に入れておくと良いでしょう。
十二所・金沢街道周辺



朝夷奈切通(朝比奈切通し)方面



