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国木田独歩文学碑・鳴鶴ヶ崎 | かつての景勝地に建つ逗子市浄水管理センター

国木田独歩文学碑と逗子海岸(撮影日:2025.07.04) 逗子
国木田独歩文学碑と逗子海岸(撮影日:2025.07.04)

明治時代に小説家や詩人、ジャーナリストとして活躍した国木田独歩くにきだ どっぽは、その作品のなかでたびたび逗子の情景を描いています。徳冨蘆花泉鏡花らと並ぶ、近代における、逗子ゆかりの作家の一人として知られています。

逗子海岸を望む海辺(逗子市浄水管理センターの敷地内)には、国木田独歩の文学碑が建てられています。この文学碑には、逗子海岸を舞台にした独歩の詩「たき火」の冒頭部分が刻まれています(「たき火」には同名の短編もありますが、こちらは詩の一節です)。

逗子の砂やま草かれて
夕日さびしく残るなり
沖の片帆の影ながく
小坪の浦はほど近し

「たき火」(国木田独歩, 1896年(明治29年))より

国木田独歩の文学碑が建っている場所は、かつて、鳴鶴ヶ崎(なきづるがさき/なきつるがさき/なるづるがさき など、文献によって表記ゆれあり)と呼ばれていた場所で、国木田独歩の作品にも、徳冨蘆花泉鏡花の作品にも登場する、当時はポピュラーな地名でした。
しかし、鳴鶴ヶ崎一帯は昭和期に護岸工事と埋め立てが行われ、現在その多くは、1972年(昭和47年)にできた逗子市内唯一の下水道終末処理施設である逗子市浄水管理センターの敷地になっています。

鳴鶴ヶ崎は、大正時代に選定された旧「逗子八景」には『鳴鶴の夕照』として観光名所の一つに数えられていましたが、昭和期に選定しなおされた新「逗子八景」では除外されています。現在では、住宅地の一角にある小さな街区公園「鳴鶴公園」にひっそりとその名を留めるだけで、忘れられてしまった地名と言えます。

鳴鶴公園(アップ)(撮影日:2025.06.08)
鳴鶴公園の看板(撮影日:2025.06.08)
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逗子市浄水管理センター内に建つ 国木田独歩文学碑

逗子市浄水管理センター・正門(撮影日:2025.07.04)
逗子市浄水管理センター・正門(撮影日:2025.07.04)

逗子市浄水管理センターの敷地へは、通常、一般の人は立ち入ることができません。かつての景勝地も、地形が変わり、立入禁止となり月日が経てば、その地名が忘れられてしまうのも無理はないのかもしれません。

その敷地内にある国木田独歩の文学碑へは、逗子市浄水管理センターの正門からインターフォンで許可をとることで、見学することができます。
※対応可能な日時や人数制限等があるかもしれませんので、事前に文学碑への見学可否を確認してから向かうことをおすすめします。(逗子市役所 代表 046-873-1111)

逗子市浄水管理センター正門近くの国木田独歩文学碑案内板(撮影日:2025.07.04)
逗子市浄水管理センター正門近くの国木田独歩文学碑案内板(撮影日:2025.07.04)
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第一級の文化的な史料でもある 独歩の日記

国木田独歩文学碑(撮影日:2025.06.08)
国木田独歩文学碑(撮影日:2025.06.08)

国木田独歩は、最初の結婚での新婚生活を逗子で送りました。しかし、この結婚はおよそ4ヶ月で終わる儚いものでした。これ以前にも、独歩は、逗子に別邸を構え、公私ともに影響を受けた徳富蘇峰徳冨蘆花の兄で、近代日本を代表するジャーナリスト)を訪ね、この地を散策しています。
いずれにしろ、けっして長いとは言えない滞在期間であり、私生活に暗い影を落とすことになった場所であるのにも関わらず、独歩にとって逗子の持つ風土や文化、歴史は、相当思い入れが深かったようです。その様子は、自身の青年期の日記である「欺かざるの記」で克明に表現されています。

1893年(明治26年)、国木田独歩が最初に徳富蘇峰を訪ねたのは、8月のことでした。日中は、蘇峰による案内のもと、逗子から葉山の森戸明神(森戸神社)まで散策しました。途中、蘇峰は、独歩とその同行者らに、道すがら建ち並ぶ別荘を見ながら、それが誰の別荘か解説しながら歩いたと言います。また、季節柄、独歩らは、ところどころで何度も海水浴をたのしんでいます。夜は歩いて鎌倉まで出て、東京への帰路についています。
日記の内容から、この日は、独歩にとってかなり充実した一日だったことが分かります。なかでも、この日に訪れた場所のなかでもっとも印象に残っているのは六代御前の墓だったようで、”六代の舊跡を訪ひし時、吾今日まで未だ甞て感じたる事なき一種の懷古の情に撰たれぬ、時間の地上をかすめ去る恐ろしき勢力に撲たれぬ・・・“ などと書き残しています。

独歩は、その後も、「平家物語」や「源平盛衰記」といった六代平維盛たいら の これもりの子で、平清盛たいら の きよもりのひ孫にあたる)が生きた時代の物語を読むようになり、近代以前の日本の歴史では、とくにこのあたりになにか思うところがあったようです。

1895年(明治28年)の11月から翌年の3月まで逗子で新婚生活を送った際にも、神武寺の山に登ったり、葉山や鎌倉を訪れるなど、独歩の日記には逗子の周辺をよく散策した様子が残されています。
現在は失われてしまった場所や風俗なども描かれていて、独歩のような文豪の日記は、第一級の文化的な史料でもあります。

国木田独歩の文学碑にその一節が刻まれた「たき火」は、この新婚生活で逗子に暮らした際に、逗子海岸で見た景色とそのときの心情をもとに書かれたものとみられます。

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独歩の愛した 逗子の「あぶずり」で眺める富士山

逗子海岸・富士山と大崎方面を望む(撮影日:2024.05.10)
逗子海岸・富士山と大崎方面を望む(撮影日:2024.05.10)

国木田独歩は、自身が信仰するキリスト教の価値観をベースに、ワーズワースカーライルゲーテといった作家の作品を好んで読んでいました。青年期の日記「欺かざるの記」によれば、少なくともこのころの独歩の一番のお気に入りはワーズワースだったようで、国木田独歩の文学碑に刻まれている「たき火」や、短編版の「たき火」が収録されている短編集『武蔵野』の表題作「武蔵野」にも、自然主義的な、その影響が見られます。

武蔵野」は、独歩の代表作の一つに数えられている作品です。 ”富士を高く見せてあだかも我々が逗子の「あぶずり」で眺むるように見せるのはこの辺にかぎる。“ と、たった一節だけではありますが、東京郊外の物語の中に、逗子の情景を印象的に挿入しています。

ここに出てくる「あぶずり」=鐙摺とは、逗子ではなく葉山の地名です。
逗子と葉山を隔てている岬が、鳴鶴ヶ崎(なきづるがさき/なきつるがさき/なるづるがさき)で、少なくとも現在は、鐙摺と言えばその葉山側の地名です。

しかし、かつては、逗子と葉山の境一帯を広義の鐙摺と呼ぶこともあったようで、「武蔵野」の中の「あぶずり」も、そのような解釈で書かれたものなのでしょう。いずれにせよ、逗子側から見る富士山も、葉山側から見る富士山も、変わらず美しいものです。

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源頼朝の故事などが伝わる「鳴鶴ヶ崎」の地名の由来

昭和初期に発行された「逗子町誌」によれば、「鳴鶴」という地名の由来は、源頼朝鶴ヶ岡で放したがこの辺りでよくいていたという故事によるとか、三浦大介義明あるいは源頼朝源義平頼朝の異母兄。一説には、母は三浦義明の娘。逗子・沼間光照寺は、義平を供養するために建立されたと伝わる)によって命名されたと伝えられています。また、鐙摺の切通し(田越の切通し)が開削されるまでは交通の難所であったことから、「鳴鶴ヶ崎」ではなく「泣顔ヶ崎(なきつらがさき)」と呼ぶ者がいるとも紹介されています。
鳴鶴」という地名は、江戸時代後期に編さんされた「新編相模国風土記稿」の桜山村の項にも見られ、少なくともこの時代には一般的に使われていたことが分かります。

なお、明治時代の地図では、岬の名前として、「」が省略された「鶴の鼻」という名が見られます。鶴の鼻(くちばし)のように細長い岬だったという、地形的な特徴から付けられたという可能性も考えられます。

逗子市浄水管理センター裏の堤防(逗子海岸花火大会開催日)(撮影日:2025.05.22)
鳴鶴ヶ崎=逗子市浄水管理センター裏の堤防(逗子海岸花火大会開催日の様子)(撮影日:2025.05.22)
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国木田独歩文学碑・鳴鶴ヶ崎周辺の見どころ

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DATA

住所 逗子市桜山9-2448-4(逗子市浄水管理センター)
アクセス
行き方

逗子市浄水管理センター正門まで
●徒歩の場合
JR横須賀線・湘南新宿ライン「逗子駅」より徒歩約30分
京急逗子線「逗子・葉山駅」より徒歩約20分

●バス利用の場合
JR横須賀線・湘南新宿ライン「逗子駅」または京急逗子線「逗子・葉山駅」より京急バス「葉山(一色)」行きなどの海岸回り葉山方面行きで『鐙摺』下車、徒歩約5分

駐車場 なし(近隣にコインパーキングあり)
電話番号 046-872-8157(逗子市役所 市民協働部文化スポーツ課)
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