鎌倉

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定番

三浦半島低山カタログ

三浦半島は平地が少なく、山がちです。「海」のイメージが強いかもしれませんが、その海のすぐ側まで山が迫っています。とは言え、三浦半島の山はどれも標高が低く、三浦半島最高峰の大楠山でさえ、241mしかあ...
歴史上の人物

畠山重忠ゆかりの地

「坂東武士の鑑」と称された武蔵国の武将・畠山重忠はたけやま しげただは、三浦半島にもゆかりがある人物です。畠山重忠が源頼朝に仕えて鎌倉にも拠点を持つようになると、重忠に仕える人たちも多く鎌倉周辺に移...
2022.07.21
歴史上の人物

和田義盛ゆかりの地

和田義盛(和田殿)とは? | 略年表&三浦一族の家系図 和田義盛ゆかりの地は、三浦半島の、とくに西海岸沿いに点在しています。義盛の本拠地であった三浦半島南西部の和田の地はもちろんのこと、鎌倉と...
2022.07.03
鎌倉

百八やぐら群

百八やぐら群は、鎌倉・二階堂の谷戸に建つ覚園寺の裏山一帯に広がるやぐら群です。やぐらは、天園ハイキングコース(鎌倉アルプス)の覚園寺入口と今泉台6丁目入口の分岐(交差点)付近から、覚園寺の山号になっ...
定番

源頼朝ゆかりの地

当然のことながら、鎌倉には、鎌倉幕府を創設した源頼朝ゆかりの場所が数多くあります。その正確な数を把握することはできませんが、鎌倉時代に起源をもつ寺社などの少なくとも半数以上は、何らかの形で頼朝が関わ...
2022.06.22
鎌倉

岩船地蔵堂

岩船地蔵堂いわふねじぞうどうには、源頼朝と北条政子の最初の子である大姫おおひめの守り本尊と伝わる地蔵尊が祀られています。諸説ありますが、源頼朝と北条政子の次女・乙姫(三幡)がこの近くに葬られ、墳墓堂...
2022.06.15
鎌倉

常楽寺・北条泰時の墓

常楽寺じょうらくじは、1237年(嘉禎3年)に、鎌倉幕府第3代執権・北条泰時ほうじょう やすときが、妻の母の供養のために建立した粟船御堂あわふねみどうがはじまりです。泰時の死後、泰時の法名・常楽...
2022.06.08
歴史上の人物

三浦義村ゆかりの地

三浦義村が主に活躍した時代は、すでに鎌倉幕府が成立した後のため、鎌倉殿(鎌倉幕府の将軍)の有力御家人の一人として、鎌倉を拠点に活動していました。そのため、三浦氏や三浦一族という響きから連想される現在...
2022.05.20
鎌倉

木曽義高首塚・姫宮塚

木曽義高きそ よしたか(源義高)は、平安時代後期に活躍した武将・木曽義仲きそ よしなか(源義仲)の嫡男です。別名「清水冠者しみず かじゃ/かんじゃ」とも呼ばれています。「冠者(かじゃ/かんじゃ)」と...
2022.04.29
歴史上の人物

上総広常ゆかりの地

上総広常かずさ ひろつね(上総介広常かずさのすけ ひろつね)の鎌倉周辺でのゆかりの地は、館(屋敷)があったとされる、朝夷奈切通あさいなきりどおし(朝比奈切通しあさひなきりどおし)エリアに集中していま...
横浜

朝夷奈切通(朝比奈切通し)

朝夷奈切通あさいなきりどおしは、鎌倉の中心部と、中世以降東京湾に面した鎌倉の外港(貿易港)として栄えた六浦方面(現在の横浜市金沢区)を結ぶ古道で、現在の鎌倉市と横浜市の市境にあります。現在の地名であ...
2022.04.15
鎌倉

梶原太刀洗水

梶原太刀洗たちあらい水は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将・梶原景時かじわら かげときが、同じく平安時代末期から鎌倉時代前夜にかけて活躍した武将・上総広常かずさ ひろつねを討った後に...
2022.04.15
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