海上自衛隊横須賀基地・船越地区は、海上自衛隊自衛艦隊司令部や開発隊群などが置かれている海上自衛隊の拠点です。いずれも長浦湾(長浦港)の左岸(北側)に位置していて、最寄り駅は京急線の京急田浦駅です。
海上自衛隊の主要な現場部隊の司令部が一つの庁舎に集められた「海上作戦センター」が所在することが、海上自衛隊横須賀基地・船越地区の特徴です。同じ長浦湾沿岸には、横須賀基地・田浦地区が隣接しています。
第二次世界大戦まで、このあたりには、横須賀海軍工廠実験部や海軍工廠造兵部(現在の東芝ライテック一帯)、潜水艦基地隊(現在の田浦中学校一帯)などがありました。現在の海上自衛隊横須賀基地・船越地区の施設には、これらがルーツであるというものも少なくありません。
(海上自衛隊では「横須賀基地」という名前を正式名称として使用していませんが、通称として定着しているため、この記事ではこのように表記します)
この地には、終戦まで横須賀海軍工廠の航海・電池・光学の各実験部がありました。海上自衛隊横須賀基地・船越地区にある開発隊群は、これらがルーツであると言えます。
横須賀海軍工廠実験部の跡地の一部には、戦後、イエズス会によって現在の栄光学園が設立されました。これには、当時の米海軍横須賀基地司令官・デッカー大佐の意向があったと言います。
栄光学園は1964年(昭和39年)に大船(鎌倉市玉縄)へ移転し、その跡地には、関東自動車工業(現・トヨタ自動車東日本)の技術センターができました。現在では関東自動車工業も移転し、その跡地に造られたのが「海上作戦センター」になります。
海上自衛隊横須賀基地・船越地区の小高い場所に設けられた「海上作戦センター」は、長浦湾周辺の新たなランドマーク的存在になっています。
INDEX
現場部隊の運用を一括して指揮する「海上作戦センター」

海上自衛隊「海上作戦センター」は、海上自衛隊の主力部隊である自衛艦隊をはじめ、その配下の水上艦隊(「海上作戦センター」発足当時は護衛艦隊と掃海隊群。水上艦隊はこれらが2026年に統合された部隊)・潜水艦隊・開発隊群の各司令部が集められ、2020年に運用が開始された、現場部隊の運用を一括して指揮する海上自衛隊の中枢施設です。地上6階、地下2階の庁舎の地下には、平時でも24時間・365日体制で現場部隊を運用する、作戦室が設けられています。
もとは、各司令部は別々の場所に点在していましたが、「海上作戦センター」に集約されたことによって、部隊間の意思疎通が図りやすくなっています。
同じ海上自衛隊横須賀基地内には、横須賀本港に面した西逸見町に、横須賀地方隊の横須賀地方総監部が置かれています。この「地方総監部」と、海上自衛隊横須賀基地・船越地区に置かれている「司令部」との違いは、「司令部」が自衛艦隊という実働部隊を指揮・運用する文字通り現場における司令塔の役割なのに対して、「地方総監部」は基地の管理業務全般から艦艇の補修や補給、隊員の教育や福利厚生といった後方支援にあたる本部のような存在です。
海上自衛隊横須賀基地・船越地区では一般向けのイベントはほとんど開催されることがありませんが、広報も担う横須賀地方総監部周辺では、年に数回イベントが開催されて、基地の一般開放が行われています。


装備品の開発や評価と試験艦「あすか」の運用を担う開発隊群

海上自衛隊横須賀基地・船越地区の特徴の一つに、新たな装備品開発とその評価、現有装備品の改善、それらを運用するための各種システム開発などを行う、開発隊群が置かれていることがあります。
新たな装備品や、導入を検討している装備品に対する性能試験の支援を任務とする、試験艦「あすか」も運用しています。近年では、次世代兵器として注目されているレールガンの試験も試験艦「あすか」を使用して行われています。
試験艦「あすか」は、海上自衛隊の試験艦としては二代目にあたります。海上自衛隊初の試験専用艦としては、ペリー上陸の地「久里浜」にちなんで命名された試験艦「くりはま」が運用されていましたが、2012年に退役しています。
海上自衛隊横須賀基地・船越地区内にある開発隊群庁舎の前には、その試験艦「くりはま」右舷錨が保存・展示されています。



海上自衛隊横須賀基地・船越地区周辺の見どころ





三浦半島の自衛隊・米軍関連施設












