陸上自衛隊久里浜駐屯地は、1950年(昭和25年)に自衛隊の前身である警察予備隊発足と同時に設置された2つの駐屯地のうちの1つです。このとき同時に設置された、もう1つの越中島駐屯地は廃止済みのため、久里浜駐屯地は現存する最古の自衛隊駐屯地です。
終戦までこの地には旧海軍通信学校がありました。現在でも一部の施設では、旧海軍時代の建物等が使われています。周囲の山中には、旧海軍時代に掘られた地下壕も残されていて、その一部は地下壕ツアー(事前予約制)で見学可能です。
このように、久里浜駐屯地は、陸上自衛隊の駐屯地でありながら、旧海軍の歴史を継承しているという特徴もあります。
旧海軍通信学校があったと言う背景もあり、陸上自衛隊久里浜駐屯地には陸上自衛隊システム通信・サイバー学校(2024年に陸上自衛隊通信学校から改編)が設置されていて、陸上自衛隊の通信関連の中核を担う駐屯地の一つになっています。
また、久里浜駐屯地は、防衛大学校の開校の地でもあります(開校当時は保安大学校)。1955年(昭和30年)に小原台(現在も通称「小原台」と呼ばれる地域にありますが、正式な住所は横須賀市走水)に移転するまでは、久里浜駐屯地にありました。
陸上自衛隊久里浜駐屯地では、例年、年に数回、イベントで一般開放されます。とくに、「陸上自衛隊久里浜駐屯地桜まつり」は、久里浜エリアを代表する桜の名所として、近隣の住民を中心に親しまれています。
久里浜エリア最大のお祭りである「久里浜ペリー祭」では放送関連の支援業務を担うなど、地域のイベントにも欠かせない存在になっています。
(2026年春現在、新庁舎建設工事のため、数年単位でイベントの縮小または見送りが見込まれています)
陸上自衛隊久里浜駐屯地では、イベントによる一般開放時以外にも、事前に手続きをすることで、歴史館や記念碑などを見学・取材することができます。(平日9時~16時の約1時間)
※旧海軍通信学校地下壕は、地下壕ツアーでのみ見学可能です。
※施設の特性上、見学できない日があるなど、さまざまな事情により許可されない場合もあります。
※この記事の写真は、イベント開催時または見学ツアー参加時に撮影したものです。




INDEX
昭和初期のモダニズム建築が残る自衛隊最古の駐屯地

陸上自衛隊久里浜駐屯地は、戦後の1950年(昭和25年)、自衛隊の前身である警察予備隊が発足した際に設立された、自衛隊で最も古い駐屯地です。そのときに同時に設置された越中島駐屯地は1960年(昭和35年)に廃止となっているため、現存する唯一の最古の駐屯地ということになります。
陸上自衛隊久里浜駐屯地の本館はその当時から残る建物で、外観は無駄な装飾があまり見られない、機能的・合理的な、いわゆるモダニズム建築です。堅牢な左右対称の白亜の建物は、当時は権威主義的な意味合いもあったのでしょうが、昭和初期の貴重な近代建築としてもたのしめます。
ただ、とくに建物内部をよく観察すると、シンプルであるものの、華美にならない程度にデザインへのこだわりは見えて、けっして無機質一辺倒の建築というわけではありません。(玄関ホールや中央階段周辺の一部は、近年、既存の造りをほぼそのままに、よりモダンに改修されました)



本館・貴賓室は久里浜駐屯地の見どころの一つ

その外観に比べて、陸上自衛隊久里浜駐屯地本館の内部が豪華に見えるのには、理由があります。これは久里浜駐屯地に限った話ではなく、戦前の軍事拠点などの本部の建物に共通して見られた特徴でもあります。軍の施設とは言え、皇室の方や政府や軍の幹部を迎えるための、特別な空間が必要だったためです。
陸上自衛隊久里浜駐屯地本館・玄関ホール周辺には、レッドカーペットが敷かれています。このレッドカーペットに沿って中央階段を昇って行くと、2階の正面には応接室があります。こちらはかつての貴賓室で、奉安殿が設けられているなど、格式高い部屋になっています。
建築当初がどのような状態だったかは分かりませんが、このような特別仕様の部屋や導線が残されているということでも、久里浜駐屯地本館は貴重な存在であると言えます。
なお、久里浜駐屯地本館のレッドカーペット敷きの中央階段は、現在も来賓の方(またはイベントや見学ツアーなどで許可された場合)以外の利用は禁止されています。


旧海軍通信学校は横須賀と通信の歴史の原点

陸上自衛隊久里浜駐屯地の歴史は、戦前の1939年(昭和14年)、この地に海軍通信学校が開校したことにはじまります。
明治時代から横須賀には軍港としての機能が置かれてきましたが、山が海のすぐ近くまで迫っている地形のため拡張性には限界がありました。そのため、横須賀港から南へ10kmほどの場所に位置していて、東京湾に開けた三浦半島最大の平野部を持つ久里浜エリアには、昭和初期以降、旧日本軍関連の学校や倉庫などの施設が多く進出してくるようになりました。
陸上自衛隊久里浜駐屯地もその一つですが、現在の久里浜エリアの平野部に、学校や行政などの大きな区画を持つ施設が多いのはその名残で、旧軍施設からの転用によるものです。
当初、海軍通信学校は、1903年(明治36年)に創設された海軍水雷学校の1部門に過ぎませんでした。やがて、通信の重要性が急速に増していくなかで、海軍通信学校として独立し、広い土地があった久里浜(正式な住所は久比里)に移って来ることになりました。
海軍水雷学校開校の地は、田浦(現在の横須賀市田浦港町)で、現在は、海上自衛隊第2術科学校などが所在しています。
戦前の海軍通信学校は、戦後の陸上自衛隊通信学校、陸上自衛隊システム通信・サイバー学校へとつながっていき、現在も通信のエキスパートをめざす自衛官を養成する駐屯地になっています。
高度成長期以降、横須賀にはNTT横須賀研究開発センタ(通称:通研)やその隣接地にNTTドコモR&Dセンタを中心とした横須賀リサーチパーク(通称:YRP)など、通信関連の研究所が開設されていくことになります。旧海軍通信学校や陸上自衛隊久里浜駐屯地は、横須賀と通信との歴史の原点とも言えるような場所でもあります。



当時最先端だった無線機などが展示されている歴史館

陸上自衛隊久里浜駐屯地に併設されている歴史館では、旧日本軍時代からの史料や備品などが展示されています。
とくに充実しているのはやはり通信関連の機材で、旧陸軍・海軍、航空機で使用されていたものなど、当時最先端だったさまざま種類の無線機が展示されています。これらは、今のスマートフォンや携帯電話の祖先にあたるようなものです。





なかには、軍国主義の黒歴史の象徴とも言える、「精神注入棒」のようなものも残されています。
「精神注入棒」とは、旧日本軍が軍人精神を叩き込むために、教育と称した体罰に使用していた、主に木製でできた棒のことです。(下記画像の手前参照)

久里浜駐屯地は久里浜エリアを代表する桜の名所

陸上自衛隊久里浜駐屯地の広いグラウンドのまわりや、駐屯地が面している平作川沿いには、たくさんの桜の木が植えられています。
例年、桜の見ごろの時期に一般開放される「陸上自衛隊久里浜駐屯地桜まつり」には、地元の住民やミリタリーファンなどの人気の場所になっています。
一方で、メジャーなお花見スポットとは言えないため、穴場的な存在としてゆったりと桜をたのしめる場所でもあります。



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イベント時に人気の自衛隊グッズを買える売店

陸上自衛隊久里浜駐屯地が一般開放されるイベント開催時に人気となるのが、駐屯地の売店(ファミリーマート久里浜駐屯地店)です。
通常のコンビニとは一味も二味も違っていて、駐屯地ならではの品ぞろえをたのしめます。自衛官が必要とする超実務的なものから、お土産に最適な自衛隊グッズまであり、イベント開催時は、ここを目的に訪れるファンも少なくありません。


三浦半島の自衛隊・米軍関連施設











陸上自衛隊久里浜駐屯地周辺の見どころ









