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畠山 | 重忠が衣笠城合戦で陣を敷いたと伝わる三浦アルプス東端のピーク

畠山・山頂標識(撮影日:2021.12.16) 葉山
畠山・山頂標識(撮影日:2021.12.16)

畠山はたけやまは、平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した武将・畠山重忠はたけやま しげただが、三浦一族の本拠地である衣笠城を攻める際に陣を敷いたと伝わる場所です。
畠山の標高は205mしかないものの、山頂からは横須賀港方面の眺望が開けています。横須賀軍港を後方から守るのには最適な場所であるため、第二次世界大戦時には航空機を迎撃するための高角砲台が建設されました。

畠山は、三浦半島の北部で東西に連なる三浦アルプス(二子山山系)の、もっとも東側(東京湾側)にあるピークです。現在でも葉山方面から尾根道を歩いて来ることができますが、古東海道(京から房総方面に抜ける古代の幹線で、三浦半島の付け根部分を横断していたと考えられています)のルートの一部であった可能性もあります。
畠山重忠衣笠城を攻める際も、この尾根道沿いを進軍してきたと考えられます。

畠山・三等三角点(撮影日:2021.12.16)
畠山・三等三角点(撮影日:2021.12.16)
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衣笠城合戦での畠山重忠の伝承

畠山・山頂(撮影日:2021.12.16)
畠山・山頂(撮影日:2021.12.16)

1180年(治承4年)、源頼朝が伊豆で平家討伐の兵を挙げると、畠山重忠は、父・重能平家方の家人として京にいたこともあり、平家方として戦うことになります。
三浦一族頼朝らと合流するために、所領である三浦半島から相模湾沿いに西へ向かいましたが、途中の川が増水していたため間に合わず、引き返すことになります。ここで、頼朝を討つために平家方として挙兵していた畠山重忠らは三浦一族と鉢合わせになり、一度は休戦で合意したものの、鎌倉の由比ヶ浜や逗子の小坪で合戦になります。
三浦一族はなんとか本拠地である衣笠城までたどり着きましたが、兵力の違いにものを言わせ、畠山重忠らは衣笠城を包囲します。

このとき、衣笠城を監視するために畠山重忠の軍勢が陣を敷いたのが畠山で、逃げる三浦一族を追うように進軍したのが三浦アルプス(二子山山系)だと言うわけです。
このようなことを示す確かな史料があるわけではありませんが、「畠山」という山名が伝わっていて、由比ヶ浜小坪で戦い、最終決着の場が衣笠城であったという史実を考えると、歴史的なタイムラインと地理的なプロットはかみ合い、ありえない話ではなさそうです。

畠山重忠らは、衣笠城合戦で、時の三浦一族の当主・三浦大介義明を討ち取ることになります。畠山重忠の母は義明の娘であったため(諸説あり)、重忠にとって祖父を討ったことになります。

この後、三浦大介義明が文字通り命をかけて逃がした義明の子・三浦義澄や孫に当たる和田義盛らは、房総半島で源頼朝らと合流し、再起をはかります。有力豪族を次々に従えて、坂東(関東)では頼朝が優勢になると見るや、すぐに畠山重忠らは源氏方に寝返り、以後、重忠頼朝の重臣として、三浦一族らとともに平家討伐や鎌倉幕府の創設に力を注ぐことになります。
三浦義澄和田義盛三浦一族にとって畠山重忠らとの間に遺恨がなかったはずはありませんが、源頼朝がそれをなだめる様子が、鎌倉幕府の歴史書「吾妻鏡」に記されています。

生き抜くためにはドライにならなければならない、目まぐるしく情勢が変化するこの時代を象徴するエピソードの一つです。

畠山・山頂に建つ石仏(撮影日:2021.12.16)
畠山・山頂に建つ石仏(撮影日:2021.12.16)

以下のリンク先からその他の【畠山重忠ゆかりの地】もご覧ください

畠山重忠ゆかりの地 | 衣笠城合戦から一族滅亡までの鎌倉周辺での足跡
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畠山山頂からの眺望

畠山・山頂より横須賀港方面を望む(撮影日:2021.12.16)
畠山・山頂より横須賀港方面を望む(撮影日:2021.12.16)

現在の畠山山頂からは、衣笠方面の眺望はなく、横須賀港方面の東京湾の眺望が開けています。
三浦アルプス(二子山山系)にはいくつか名前の付いているピークがありますが、標高が高くないうえに内陸にあるため、景色が良い場所は限られています。また、休憩できるような広場も多くありません。
そのような中でも、畠山の山頂は、限られた方向だけとは言え眺望があり、狭いながらも広場になっているため、恵まれている場所と言えます。(トイレや水場は、山頂や周辺にありません)

畠山・山頂より横須賀港に停泊する原子力空母「ロナルド・レーガン」を望む(撮影日:2021.12.16)
畠山・山頂より横須賀港方面を望む(原子力空母「ロナルド・レーガン」のアップ)(撮影日:2021.12.16)
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畠山山頂へのルート

  • 所要時間は個人差があり、また、アクセスする方向によっても違いがあるため、目安とお考えください。
  • 三浦アルプス(二子山山系)の最新の情報は、以下のサイト(外部サイト)でご確認いただくことをおすすめします。

  • 三浦アルプス(二子山山系)の乳頭山から森戸川林道(大山林道)終点にかけての一帯は「道迷いエリア」と呼ばれているような場所であるため、藪で登山道や標識がさえぎられることがある春から秋にかけての登山はおすすめしません。山道を外れると、イノシシ捕獲用のワナが仕掛けられていたりするため、非常に危険です。
FK二子山山系自然保護協議会設置標識
D大和ハウス設置標識
葉山町消防設置標識
凡例

不動橋から直登

畠山山頂までの直登コースの登山口は、県道27号横須賀葉山線沿いにある、不動橋付近にあります。
このルートは、砲台を建設するときに軍道として開かれた道と伝わっています。

起終点ルート【標識名】所要時間の目安
不動橋不動橋バス停→登山道入口【D1】→【D2】→【D3】→畠山山頂【D4】約50分

県立塚山公園から横須賀IC経由

途中で横浜横須賀道路を潜り抜けたりするため、あまり直登ルートという感じではありませんが、県立塚山公園から向かうこともできます。
横浜横須賀道路の横須賀ICに接続する道路からこのルートに入ることもできますが、横須賀IC近くまでアクセスする公共交通機関はありません。そういった意味では県立塚山公園も同じ条件ですが、県立塚山公園は公衆トイレがあったり、横須賀を代表する桜の名所であるため、経由地にする価値があります。

起終点ルート【標識名】所要時間の目安
県立塚山公園県立塚山公園→横浜横須賀道路・横須賀IC付近→【D5】→畠山山頂【D4】約40分

田浦梅の里や三浦アルプス(二子山山系)西側から乳頭山経由

畠山山頂を目指す場合も、大抵は、三浦アルプス(二子山山系)とセットで楽しもうと思うことでしょう。
畠山三浦アルプスのもっとも東側に位置するピークの一つであり、三浦アルプスの西側からアクセスする場合は乳頭山(矢落山)を経由することになります。
また、三浦アルプスの東側の主要な登り口の一つになっている田浦梅の里から、三浦アルプスを横断せずに、畠山へ行くこともできます。この場合も、乳頭山を経由して畠山に向かうことになります。

起終点ルート【標識名】所要時間の目安
田浦梅の里田浦梅の里→【FK2】→【FK1】→乳頭山(矢落山)山頂→【D8】→【D7】→【D6】→【D5】→畠山山頂【D4】約1時間30分
森戸川林道などの三浦アルプス中尾根方面森戸川林道(大山林道)終点【葉41】~中尾根~【FK1】→乳頭山(矢落山)山頂→三国峠【D8】→【D7】→【D6】→【D5】→畠山山頂【D4】約1時間40分
仙元山・観音塚などの三浦アルプス南尾根方面観音塚【D19/葉16】~南尾根~三国峠【D8】→【D7】→【D6】→【D5】→畠山山頂【D4】約2時間40分

DATA

住所 三浦郡葉山町木古庭
アクセス
行き方

●不動橋から畠山山頂まで
不動橋までは、
京急線「汐入駅」から京急バス「湘南国際村センター前」行、
JR横須賀線「衣笠駅」から京急バス「逗子駅」行、
JR横須賀線・湘南新宿ライン「逗子駅」または京急逗子線「逗子・葉山駅」から京急バス「衣笠駅」行、
のいずれかで『不動橋』下車
不動橋バス停からは徒歩で約50分

●県立塚山公園から横須賀IC経由で畠山山頂まで
県立塚山公園までは、
京急線「安針塚駅」より徒歩約20分、または、京急線「逸見駅」より徒歩約25分
県立塚山公園からは徒歩で約40分

●田浦梅の里、乳頭山(矢落山)経由で畠山山頂まで
田浦梅の里までは、
JR横須賀線「田浦駅」より徒歩約25分
京急線「安針塚駅」「京急田浦駅」より徒歩約25分
または京急線「京急田浦駅」より京急バス「安浦2丁目」行きで『田浦郵便局』下車徒歩約15分
田浦梅の里からは徒歩で約1時間40分

●乳頭山(矢落山)から畠山山頂まで
徒歩で約45分
※乳頭山を経由して、三浦アルプス(二子山山系)方面からもアクセス可能です。
※所要時間は個人差があり、また、アクセスする方向によっても違いがあるため、目安とお考えください。

駐車場 なし(不動橋登山口、県立塚山公園、田浦梅の里にもなし)
営業時間

入山は原則年中無休/24時間可能

ウェブサイト https://www.futagoyama.org/
※掲載の内容は、予告なく変更となっている場合があることをご了承ください。

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