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鎌足稲荷神社 | 浄妙寺裏山の「鎌倉」の地名の由来になった藤原鎌足の鎌埋地

鎌足稲荷神社(撮影日:2026.02.03) 鎌倉
鎌足稲荷神社(撮影日:2026.02.03)

鎌足稲荷神社かまたりいなりじんじゃ鎌足稲荷社)は、鎌倉・浄明寺にある浄妙寺東方(境内右後方)の裏山に鎮座する、飛鳥時代に日本の政治を天皇中心とするよう定めた改革「大化の改新」で中心的な役割を果たした、藤原鎌足ふじわら の かまたり中臣鎌足なかとみ の かまたりゆかりの神社です。

東国に向かっていた藤原鎌足は、その途中、相模国・由井の里(現在の由比ガ浜周辺)に宿泊したと言います。そのときに見た夢のお告げにしたがい、鎌足はこの地に鎌槍を埋納しました。そこに祠を建てて祀ったのが、鎌足稲荷神社のはじまりとされています。
藤原鎌足鎌槍を埋めたことが「鎌倉」という地名の由来だとする説もあります。(「鎌倉」の地名の由来については複数の説があります)

主祭神稲荷大神
旧社格等
創建不詳
※伝646年(大化2年)以降

藤原鎌足は、多くの公家を生み出した藤原氏の始祖です。奈良時代に鎌倉を治めていたとされる染屋太郎時忠(染谷太郎時忠)は、藤原鎌足の子孫だとされています。染屋時忠は「鎌倉の始祖」とも言われるような豪族で、甘縄神明神社六国見山など鎌倉のさまざまな場所にその痕跡がみられますが、詳細な記録は残っていません。
鎌倉というと、その歴史は、源頼朝やその祖先である河内源氏との関わりから語られることが多いですが、地名の起こりに関する伝承が残るなど、それより前の時代は、藤原氏とのゆかりが深い土地でした。

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「鎌倉」の地名の由来になったとされる藤原鎌足の鎌

鎌足稲荷神社・社殿(撮影日:2026.02.03)
鎌足稲荷神社・社殿(撮影日:2026.02.03)

鎌足稲荷神社の由緒によると、藤原鎌足は、幼いころ、稲荷大神からを授けられ、お護りとして身に付けることで大神のご加護を得ていたと言います。

646年(大化2年)、東国に向かっていた藤原鎌足は、由井の里に宿泊しました。その夜、鎌足の夢枕に稲荷大神が現われ、蘇我入鹿討伐という宿願を成しとげたのだから、授けたをこの地に奉納しなさいと告げました。鎌足はそのお告げにしたがい、を埋納したと言います。

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大倉の松岡など諸説ある鎌足の鎌埋地

鎌足稲荷神社・社殿横より鳥居方面を望む(撮影日:2026.02.03)
鎌足稲荷神社・社殿横より鳥居方面を望む(撮影日:2026.02.03)

この鎌埋地については諸説あります。江戸時代前期に編さんされた地誌「新編鎌倉志」によれば、藤原鎌足を埋めたのは大倉松岡で、鶴岡八幡宮の裏山にあたる大臣山だと言います。
新編鎌倉志」の「浄妙寺」の項には、浄妙寺の鎮守として稲荷社の記載があります。しかし、この稲荷社浄妙寺の「西」の岡にあるとされ、添付の絵図にもそのように描かれています(杉本寺との間)。現在その場所には、稲荷社は存在しません。(現存する熊野社は、本文にも絵図にも、別途記載があります)
鎌足稲荷神社浄妙寺の「東」にあたることから、この浄妙寺の鎮守稲荷社とも、もちろん、大倉松岡とも、別の場所ということになります。

江戸時代後期に編さんされた地誌「新編相模国風土記稿」でも、概ね「新編鎌倉志」にそった内容となっています。「新編鎌倉志」との大きな違いは、浄妙寺の、荒神不動を安置する本寂堂に、大織冠鎌足木像も置かれていることが、絵図付きで紹介されていることです(「大織冠」とは飛鳥時代の冠位の最上位で、授けられたのは藤原鎌足だけ)。
このことから、大倉松岡以外にも、浄妙寺またはその周辺には、藤原鎌足にまつわる伝承が伝えられていたことが分かります。鎌足稲荷神社も、「新編鎌倉志」や「新編相模国風土記稿」にはその記載が見られないものの、ひっそりと土地の人によって祀られ続けていたのかもしれません。

現在、浄妙寺境内には、藤原鎌足ゆかりの「鎌足桜」(千葉・木更津(旧鎌足村)原産の八重桜)も植えられていて、毎年、ソメイヨシノが葉桜になるころに、見ごろを迎えます。

浄妙寺・本堂横の鎌足桜と牡丹(撮影日:2026.04.16)
浄妙寺・本堂横の鎌足桜と牡丹(撮影日:2026.04.16)※鎌足稲荷神社境内ではありません
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鎌足稲荷神社のアクセス方法

浄妙寺・晩春の山門周辺(撮影日:2026.04.16)
浄妙寺・晩春の山門周辺(撮影日:2026.04.16)

鎌足稲荷神社は少し分かりにくい場所に鎮座しています。浄妙寺境内から直接アクセスすることはできません。
鎌足稲荷神社までのアクセスは、まず、浄妙寺山門下から境内右側に続く道を進みます(上の写真の右前方)。境内を左手に見ながら道なりに歩いて行くと、右側に階段が現われます。長く続くこの階段を登って行くと、山の中腹に鎌足稲荷神社小さな祠が鎮座しています。
この山上が鎌埋地だという伝承もありますが、現在、参道はこので途切れています。

鎌足稲荷神社・鳥居前の石段(撮影日:2026.02.03)
鎌足稲荷神社・鳥居前の石段(撮影日:2026.02.03)
鎌足稲荷神社裏のやぐら(撮影日:2026.02.03)
鎌足稲荷神社裏のやぐら(撮影日:2026.02.03)
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DATA

住所 鎌倉市浄明寺3丁目
アクセス
行き方

JR横須賀線・湘南新宿ライン、江ノ電「鎌倉駅(東口)」より、京急バス「鎌倉霊園正面前太刀洗」行き、「金沢八景駅」行き、「ハイランド」行きで『浄明寺』下車徒歩約5分
または、JR横須賀線・湘南新宿ライン、江ノ電「鎌倉駅(東口)」より徒歩約35分

駐車場 なし
料金

無料(志納)
※浄妙寺は拝観料がかかりますが、鎌足稲荷神社は境内に入らずに参拝できます。

電話番号 0467-22-2818 ※浄妙寺
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