光念寺は、平安時代後期から鎌倉時代前期に活躍した三浦一族の武将・和田義盛が開基となって建立した、三崎の高台にある寺院です。
和田義盛が三浦半島に建立した七阿弥陀堂の一つであるとされています。
境内に入ってすぐ右側にある弁天堂には、筌龍弁財天が祀られています。
和田義盛が、竹で編んだ漁具である「筌(せん)」が龍に化けて現われる夢を見て、この地に祀ったものであると伝えられています。
山号 | 見龍山 |
宗派 | 浄土宗 |
寺格 | ― |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建 | 1194年(建久5年) |
開山 | 不詳 |
開基 | 和田義盛 |
INDEX
信心深い和田義盛ならではのエピソード
この和田義盛が見たという夢には、前日譚があります。
1180年(治承4年)、源頼朝が伊豆で挙兵した際、和田義盛ら三浦一族もこれに呼応しましたが、本拠地である衣笠城が落城し、房総半島に渡るために久里浜から舟で東京湾に逃れました。
なんとか海上に逃れましたが、衣笠城から命からがら敗走して来た三浦一族の面々は、戦による疲労と飢えで限界を迎えていました。
しかし、和田義盛が龍神に祈ったところ、「筌(せん)」が流れてきて、それで魚を獲ることによって飢えをしのぐことができたと言います。
その後、和田義盛ら三浦一族は無事に房総半島の安房国にたどり着くことができ、同じく舟で逃れてきた源頼朝や北条時政・義時らと合流することができました。
このとき、和田義盛は源頼朝に、御家人を束ねる立場である侍所別当を所望し、後日、勢力を拡大して鎌倉入りを果たした際に、この望みを現実のものとしています。

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