旧華頂宮邸は、1929年(昭和4年)に華頂博信侯爵の別邸として建てられた、ハーフティンバー様式の洋館と幾何学的なフランス式庭園が特徴の洋風住宅です。
華頂博信侯爵は伏見宮家の出身で、実兄の華頂宮博忠王の死により断絶していた華頂宮家を華族として継承しました。
旧華頂宮邸は博信侯爵によって華頂侯爵家の邸宅として建てられたため、厳密には「宮邸」ではありませんが、このような愛称で呼ばれています。
その後、所有者が何度か変わりましたが、1996年に鎌倉市が取得してからは、庭園を一般公開しています(休園日を除く)。また、例年、春と秋のそれぞれ2日間だけ、建物内部の施設公開もされています。
旧華頂宮邸は、ドラマや映画のロケ地、アニメやマンガに登場する建物のモデルになることも多く、聖地巡礼に訪れる人も少なくありません。
INDEX
山に囲まれたプライヴェート感あふれる庭園
旧華頂宮邸は、バス通り(金沢街道)から、竹の寺として有名な報国寺をさらに奥に進んだ場所にあります。
鎌倉の寺社の多くがそうであるように、旧華頂宮邸も低い山々に囲まれた谷戸に位置していて、洋館の裏側にあたる南側に広がる庭園は木々に包み込まれるような空間です。
意図してそのようなロケーションが選ばれたのか分かりませんが、塀で囲われた都会の邸宅とはまったく違った居場所を求めていたのはまちがいありません。
洋館の1階にあるテラスから庭園を眺めると、樹木や通路などが幾何学的に配置されているのがよく分かります。
控え目ですがバラが育てられていて、開花の季節は、庭園に上品な彩りを与えてくれています。
ハーフティンバー様式が特徴のクラシカルな洋館
建物の外観は、柱や梁などの骨組みを外部に露出させてデザインの一部にする、ヨーロッパの民家などに見られるハーフティンバー様式が特徴です。
旧華頂宮邸は国の登録有形文化財(建造物)に指定されていて、鎌倉文学館(旧前田侯爵家別邸)、古我邸(旧荘清次郎別邸)と並んで、鎌倉三大洋館の一つに数えられています。
往時の華やかな生活の一端を垣間見れる建物内部
普段は建物の内部は公開されていませんが、庭園の公開日であれば庭園側から1階のテラスまでは上がることができます。テラスからは建物の内部を観察することができ、往時の華やかの生活の一端を垣間見ることができます。
旧華頂宮邸建物内部の調度品や壁紙などの多くは、その後の所有者たちによって、華頂博信侯爵がお住まいになられていた建築当初から手が加えられていると考えられています。建築当初から変わらない旧華頂宮邸建物内部の見どころなどは、以下のリンク先をご覧ください。
昭和初期に建てられた茶室・無為庵
庭園を挟んだ洋館の向かい側には、1971年(昭和46年)に東京の上大崎から移築された茶室「無為庵」が建っています。旧華頂宮邸の建物内部公開日に「無為庵」も公開されます。
「無為庵」という名前の由来は、棟札に「六十五才にして浄明寺宅間ヶ谷に余生を送らんが為 無為庵主」と記されていたことによると言います。
洋館やフランス式庭園のすぐ隣に趣がまったく異なる空間があるのことに驚きますが、この興味の幅の広さこそ、日本人の特徴なのかもしれません。
旧華頂宮邸は隠れた紅葉の名所
鎌倉で紅葉と言えば、真っ先に、お寺や神社が思い浮かぶと思います。しかし、クラシカルな洋館である旧華頂宮邸も、実は紅葉をたのしめます。洋館と言えども、ここは日本なのです。
他の鎌倉の紅葉の名所が混雑しているときでも、旧華頂宮邸は空いています。絵に描いたような穴場なのです。洋館と紅葉という少々意外な組み合わせも新鮮ですし、なにより、ゆっくりと過ごすことができるので、オススメです。