三浦のパワースポットと言えば、古くから三浦の総鎮守として多くの人から信仰をあつめ、願い事を叶えてきた、海南神社が定番です。境内社を含め、さまざまな御祭神が祀られています。
「午年(うまどし)」の2026年は、馬にまつわるパワースポットにも注目です。馬は成長や飛躍、繁栄の象徴とみなされてきた縁起の良い動物です。源頼朝は大きな戦の前や妻・北条政子の出産時などの重要な局面で、神社やお寺に神馬や流鏑馬を奉納してきました。
鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」によると、1187年(文治3年)、源頼朝は鶴岡八幡宮ではじめてとなる流鏑馬神事を催しています。御家人のなかから5人の射手が選ばれていますが、このとき、並みいる精鋭を抑えてトリをつとめたのが、三浦一族の三浦義村でした。騎馬の腕も射的の腕もトップクラスだったに違いありません。
三浦氏宗家(本家)は三浦義村の次の代で滅びてしまいます。結果として、三浦義村の時代が三浦氏の最盛期でした。
この特集記事では、そんな三浦義村の強運にあやかりつつ、2026年に訪れたい三浦のパワースポットをご紹介していきます。
マップは、スマートフォンやタブレットでは二本指で操作できます。
海南神社 神馬舎
海南神社は、三崎港の近くに鎮座する三浦半島(相模国三浦郡)の総鎮守です。この地を治めていた三浦一族や、その主君でもあった源頼朝など、歴史上の人物もたびたび参拝に訪れていました。
また、古くから漁業で栄えた三崎という土地柄、食の神様である磐鹿六雁命が祀られていたり、包丁を供養するお祭りが行わるのが特徴です。
海南神社の境内には、三浦七福神の筌龍弁財天や龍神大神を祀る龍神社、疱瘡の神様と崇められている源為朝、目の神様として親しまれている鎌倉権五郎景政など、数多くの神様が相殿や境内社として祀られています。
その一つに、今年の干支・午(馬)を祀る、神馬舎があります。
その昔、海南神社の神馬が逃げ出したところ、たちまち疫病がまん延しましたが、木造の神馬を奉納したところ疫病が鎮まったと言われています。今でも神馬舎には木造の神馬が祀られていて、健脚・足腰の病気平癒・ペットの健康のご利益があるとされています。
●住所
三浦市三崎4-12-11
●拝観料
無料(志納)
●公共交通機関
京急久里浜線「三崎口駅」より京急バス「城ヶ島」「通り矢」「三崎港」「浜諸磯」行きで『三崎港』下車、徒歩約3分
●駐車場
あり(境内右手の社務所近く) ※駐車台数が少なく、お正月はとくに混雑するため、公共交通機関か三崎港周辺のコインパーキングの利用もおすすめします。
城ヶ島公園・馬の背洞門
馬の背洞門は、過酷な環境のなかでこそ生み出された、強い自然の力を感じることができるパワースポットです。ぜひ、午年(うまどし)の2026年に訪れたい場所の一つです。
馬の背洞門は、城ヶ島南岸の赤羽根崎にある、長い長い年月をかけて波や雨風の浸食によってできた海蝕洞穴です。太平洋に面した城ヶ島の荒々しい地形のなかでも際立つ奇岩であり、また美しさも感じられます。
「馬の背洞門」という名前の由来は、洞穴上部の形状が「馬の背」に似ているためです。
●住所
三浦市三崎町城ヶ島
●入場料
無料
●公共交通機関
城ヶ島公園入口経由の場合
京急久里浜線「三崎口駅」より京急バス「城ヶ島」行き『白秋碑前』下車徒歩約15分
城ヶ島灯台入口経由の場合
京急久里浜線「三崎口駅」より京急バス『城ヶ島』行きで終点下車、ハイキングコース(丘の上、または、海岸線沿いの岩場の2通りのルートあり)経由で、徒歩約20分
●駐車場
あり ※県立城ヶ島公園駐車場、または城ヶ島西側駐車場(城ヶ島灯台方面)が利用できますが、駐車場からはバスでのアクセスと同様のルートを歩く必要があります。
三浦の三浦義村ゆかりの地
三浦義村は、鎌倉幕府創設に重要な役割を果たした三浦義澄の次男で、三浦一族の最盛期を築いた策士です。2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では山本耕史さんが演じて、人気を博しました。
三浦一族の本拠地は衣笠城(現在の横須賀市)とその周辺であり、一族の当主となった後は幕府のある鎌倉で過ごす時間が長かったと考えられますが、三浦義村の菩提寺とお墓は、それらからは離れた、現在の三浦市にあります。
福寿寺
三浦義村の菩提寺である福寿寺には、寺宝として、三浦義村が愛用した、鞍と鐙といった馬具が伝わっています。
この馬具に触れると麻疹(はしか)が治るという言い伝えがあります。江戸時代初期に福寿寺から三浦義村の霊を勧請して創建された千片神社(現在の横須賀市根岸町に鎮座していましたが、大正時代の関東大震災後に大津諏訪神社に合祀されました)でも、御祭神・三浦義村は麻疹の神様として信仰されていたと言います。
かつて、麻疹は不治の病と恐れられていましたが、三浦義村には、そんな病も治すほどのパワーが宿っていると信じられてきました。
●住所
三浦市南下浦町金田2062
●拝観料
無料(志納)
●公共交通機関
京急久里浜線「三浦海岸駅」より京急バス「三崎東岡(剱崎経由)」「剱崎」行きで、『岩浦(いわぶ)』下車、徒歩約5分
●駐車場
なし
三浦義村の墓
三浦義村の墓は、福寿寺からほど近い場所の、小高い丘の上に建っています。この場所にはかつて、南向院という福寿寺の塔頭(子院)がありましたが、1923年(大正12年)に発生した関東大震災で倒壊して、廃寺となってしまいました。
「勝軍地蔵」と呼ばれる南向院の本尊は、福寿寺に移されています。
この勝軍地蔵には、平家と争った一の谷の戦いで、三浦義村らを救い、勝利に導いたという伝承があります。鵯越の山中で道に迷っていると、日ごろ信仰している地蔵菩薩の尊像が義村のもとに現われ、馬の進む先を導き、その導きのとおり急坂を駆け下りて戦った結果、平家に勝利したと言います。
三浦義村は「義村公勇敢福寿延命也」と称えられることになり、「福寿寺」という縁起の良い寺号もここから名づけられたと伝えられています。
●住所
三浦市南下浦町金田
●拝観料
無料(志納)
●公共交通機関
京急久里浜線「三浦海岸駅」より京急バス「三崎東岡(剱崎経由)」「剱崎」行きで、『岩浦(いわぶ)』下車、徒歩約3分
●駐車場
なし

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