釈迦堂切通は、鎌倉の大町(県道311号逗子葉山線方面)と浄明寺(県道204号金沢街道方面)を南北に結ぶ切通しです。鎌倉内部の切通しのため、鎌倉の内部と外部を結ぶ、いわゆる「鎌倉七口」には数えられていません。
いつ掘られたものなのかも分かっていませんが、切通し部分はトンネル(洞門)になっていて、「鎌倉七口」の各切通では見られない特徴になっています。
切通しには夏でもひんやりとした風が通り抜けていき、切通し内部に残る「やぐら」(主に中世に造られた横穴式の墳墓または供養の場)やうっそうと茂る周囲の木々と相まって、中世の雰囲気を感じさせてくれます。
「やぐら」は釈迦堂切通の周辺やトンネル上部などにも数多く確認されていて、寺院跡とみられる平場とともに、2010年、この一帯は「大町釈迦堂口遺跡」として国指定史跡に指定されました。
2026年2月現在、釈迦堂切通は、周辺のエリアを含めて、崩落対策工事のため立入禁止となっています。鎌倉市によれば、通行再開は2026年度の予定です。釈迦堂切通の大町側(南側)からは、立入禁止のエリア外から切通しの外観を見学することができます。
「大町釈迦堂口遺跡」は以下の日程で暫定公開されています。
2026年2月26日(木)~3月11日(水)
各日10:00~16:00
※荒天の場合は公開中止(鎌倉市公式サイトで発表)
釈迦堂切通(トンネル)は通行できないため、鎌倉駅方面からのアクセスは大町側の名越バス停方面からのみ可能です。浄明寺(金沢街道)側から直接行くことはできません。
毎日、以下の時間帯に無料のガイドツアーも行われます。(所要時間約40分)
①10:15~ ②11:00~ ③14:00~ ④15:00~

INDEX
鎌倉内部を南北にショートカットできるバイパス
釈迦堂切通の南側は名越ヶ谷と呼ばれる谷戸になっていて、切通しはこの谷戸のちょうど北端にあたります。名越ヶ谷の多くは、現在は住宅地になっていて切通しのすぐ側まで開発が進んでいますが、中世には多くの寺院があったことが分かっています。
切通しから谷戸を南に進むと県道311号逗子葉山線に出ます。この道は鎌倉と逗子、さらには三浦半島を南下するルートで、古くから重要な道でした。古代の東海道のルートの一部あるいはルートの一つだったともみられています(「古東海道」は、律令時代の畿内から常陸国に至る官道で、相模国と上総国の間は、鎌倉、逗子、葉山から三浦半島を東西に横断して、走水付近より海路で房総半島に渡るというルートだったと考えられています)。
県道311号逗子葉山線を逗子方面に進むと、「鎌倉七口」の一つ名越切通があります。


一方の北側は釈迦堂ヶ谷と呼ばれる谷戸が広がっていて、北に進むと県道204号金沢街道に出ます。金沢街道は、かつては「六浦道」と呼ばれ、とくに鎌倉時代は鶴岡八幡宮や鎌倉殿(鎌倉幕府の将軍)とその側近たちの屋敷などがある幕府の中心とも言えるエリアと鎌倉の外港であった六浦を結ぶ重要な道でした。県道204号金沢街道を六浦方面に進むと、「鎌倉七口」の一つ朝夷奈切通があります。
このように釈迦堂切通は、歴史的にも重要であった2つの道を、鎌倉の中心部を通らずにショートカットできる、バイパス的な役割も担ってきたと想像できます。(実際に現代も、通行禁止となる前までは、地域の住民の間ではそのような使い方をされていました)
ただし、トンネルの開削時期について詳しいことは分かっておらず、明治期以前の地図には見られないことから近代に開削されたものである可能性もあります。いずれにしましても、少なくとも大規模な重機を使用できない時代に彫られたものですので、この南北間のルートがそれほど必要に迫られていたということが分かります。
釈迦堂切通の内部にやぐらが見られることから、徐々に拡張されていき、明治期に車が通行できるようなだらかに掘り下げられ、現在のような姿になったとも考えられます。

謎に包まれた北条義時の供養のために建てられた釈迦堂
釈迦堂切通の東側にあたる大町釈迦堂口遺跡は、鎌倉時代後期から室町時代の寺院跡と考えられている遺跡です。
「釈迦堂」という名前は、鎌倉幕府第3代執権・北条泰時が父である第2代執権・北条義時の供養のために建てた釈迦堂に由来します。大町釈迦堂口遺跡の時代より前の時代にあたるため、この遺跡が釈迦堂跡である可能性は低いです。
「釈迦堂ヶ谷」という谷戸の名前は切通しの北側に伝承されているため、釈迦堂は浄明寺側にあった可能性が高そうですが、具体的な場所やその規模などの正確なことは分かっておらず、ただ名前だけが今日まで伝わってきています。

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切通し上部を補強するため大規模工事が行われた崩落対策

釈迦堂切通の崩落対策工事と並行して、大町釈迦堂口遺跡の整備も行われてきました。切通し上部近くの山陵地には、切通し上部を補強するための部材を投入するために掘られた大きな縦穴の跡が残されています。これらの崩落対策工事によって、切通し上部も安全に通行できるように整備されています。(2026年2月現在、切通し上部は、大町釈迦堂口遺跡暫定公開時のみ横断可能)


釈迦堂切通(大町釈迦堂口遺跡)周辺の見どころ
浄明寺側(北側)




大町側(南側)



南側の県道311号逗子葉山線方面から大町釈迦堂口遺跡(釈迦堂切通へ向かう場合は、切通しの200mほど手前の交差点を右折)へ向かう道の途中には、衣張山の大町側の登山道の入口があります。
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