回春院は、建長寺に12か院ある塔頭の1院で、建長寺21世の玉山徳璇(仏覚禅師)の塔所です。
玉山徳璇は信濃高梨氏の一族の出身で、若年から建長寺開山・蘭渓道隆(大覚禅師)に師事し、奥州に幽谷山・大禅寺を開きました。その後、建長寺の住持となり、晩年は、建長寺の谷戸深くに回春院の前身・回春庵を創建し、住んだと言います。
(「塔頭(たっちゅう)」とは禅宗寺院の境内またはその周辺に建つ付属の小寺院のことで、厳密には、宗派の開祖や代々の住持、高僧の墓塔のことです)
建長寺境内の塔頭の多くは修行道場のエリア内にあり、拝観寺院とはなっておらず、通常非公開です。鎌倉三十三観音霊場の札所となっている妙高院(第二十七番)と龍峰院(第二十九番)が巡礼者のみ参拝を受け入れている他、回春院でも御朱印をいただけます。
山号 | 幽谷山 |
宗派 | 臨済宗建長寺派 |
寺格 | ― |
本尊 | 文殊菩薩 |
創建 | 鎌倉時代後期~建武の新政期 |
開山 | 玉山徳璇(仏覚禅師) |
開基 | ― |
回春院は、観光客も多く訪れる拝観寺院としての建長寺境内にありながら、まったく別の趣をもった寺院のように感じられる場所です。それは、禅の修行道場とも異なる、独特な空間です。
本堂の前に広がる大覚池とその周囲は、「幽谷山」という山号が示すとおりまさに幽玄の谷戸と呼ぶのにふさわしい場所で、鎌倉にありそうで他にない、自然豊かな小さな谷戸にたたずむ小寺院です。
INDEX
建長寺最果ての深山幽谷に創建された関東禅林出版事業の中心地
回春院のある建長寺は、鎌倉時代中期の1253年(建長5年)、鎌倉幕府第5代執権・北条時頼によって創建されました。それ以前の寺域は罪人の処刑場で、「地獄谷」と呼ばれていました。
江戸時代の延宝年間(1673年~1681年)に描かれた建長寺の古地図によると、現在、回春院(当時は「回春庵」)のある東側の谷戸を指して「地獄谷」と呼んでいます。そして、そのさらに奥に「回春庵跡」が示されています。
この回春庵跡は、現在の住所でいうと西御門に近い山林の中にあります。鶴岡八幡宮などのある鎌倉中心市街から連なる住宅地がすぐ側まで迫っている場所で、当時の建長寺の境内の広さを考えれば、現在は随分とコンパクトになったと言えるのでしょう。
このような建長寺の最果ての地に玉山徳璇(仏覚禅師)が創建した回春庵は、数多くの禅の書籍や中国古文学書を出版する関東禅林出版事業の中心的な存在でもあったと言います。
「幽谷山・回春院」という寺名は、建長寺開山・蘭渓道隆(大覚禅師)の「深山幽谷の面々は春に廻る」という言葉にちなんで付けられたものだと伝えられています。この由来からしても、他の禅寺とは一味違う、実に文学的な香りがしてきます。
亀ヶ谷坂の名前の由来となった大覚池の大亀
江戸時代に成立した地誌「新編鎌倉志」によると、この当時もまだ「回春院」は「回春庵」と呼ばれていましたが、所在地は現在と同じ大覚池のほとりに移っていることが分かります。また、この大覚池には、大亀が住んでいたことが記されています。
建長寺の境外塔頭・長寿寺の横には扇ガ谷方面に抜ける亀ヶ谷坂(亀ヶ谷坂切通し)という坂がありますが、この坂の名前は、大覚池の亀が登ろうとして、引き返すほどの急な坂だったことに由来するという言い伝えがあります。
複数の鎌倉五名水もあった回春院奥を源流とする山ノ内川流域
回春院のある谷戸は、さらに、天園ハイキングコース上にある十王岩方面の北側と、西御門方面の東側に小さな谷がのびていて、大覚池にはそれぞれの谷から小川が注ぎ込んでいます。
これらの水源は、建長寺境内の貴重な生活用水として用いられていたと考えられる他、大船駅の南側で柏尾川に注ぐ小袋谷川の源流の一つでもあります。
回春院奥の谷戸を源流とする水は、ため池としての役割を持つ大覚池を経て、回春院の参道沿いを流れていきます。この参道が半僧坊からの道と合流すると、今度はこの半僧坊道に沿って建長寺の三門方面に流れていき、方丈裏庭園の池・蘸碧池をかすめながら、建長寺境内と鎌倉学園との境にあたる天下門のあたりで暗渠に入ります。
この暗渠は、山ノ内川などと呼ばれ、鎌倉街道(県道21号横浜鎌倉線)沿いに連なる明月院や浄智寺、円覚寺などの古刹の建つ各谷戸からの小川と合流しながら、大船方面に下って行き、北鎌倉駅近くで再び開渠になり、さらに他の川と合流して小袋谷川になります。
巨福呂坂道路拡張工事の際に埋められてしまったため、現存していませんが、「新編鎌倉志」の「建長寺図」には、鎌倉五名水の一つに数えられていた金龍水の池も、暗渠がはじまる建長寺の天下門(当時は西外門)近くの小川沿いに描かれています。
同じく鎌倉五名水の一つに数えられている不老水(建長寺境内にあった泉。現存せず)や甘露水(浄智寺門前の泉)もこの山ノ内川流域にあり、この辺りは古くから良質な水が湧き出る場所として知られていたようです。(不老水と甘露水は、文献によっていずれか一方が鎌倉五名水の一つに数えられています)
回春院(建長寺塔頭)周辺の見どころ
回春院の奥からは、回春庵跡や回春院奥やぐら群、西御門方面に続く山道が続いています。
大覚池から5分ほど歩いた場所に現われる十字路を左に行けば、回春庵跡や回春院奥やぐら群のある平場があり、さらに山道を登って行けば朱垂木やぐら群を経由して天園ハイキングコースの尾根道に出られます。
十字路を真っすぐ進めば西御門の住宅地に出て、坂道を下って行けば八雲神社や来迎寺の近くを通って、横浜国立大学教育学部附属鎌倉中学校・小学校の横に出ます。
十字路を右に行くと、鎌倉市立第二中学校付近などに抜けられますが、利用者が少なく道も分かりにくいため、おすすめしません。