稲村ヶ崎は、鎌倉の中心市街地の前に広がる由比ヶ浜と、江ノ電と国道134号が並行して海沿いを走る七里ヶ浜の間にある岬です。
江戸時代後期に編さんされた地誌「新編相模国風土記稿」によると、「稲村ヶ崎」という名前の由来は、海岸に突き出した岬の形が、稲を積み上げた様子に似ているためとされています。(秋に稲を刈り取って、乾燥するために積み上げた塊のことを「いなむら(稲叢、稲むら)」と言います)
七里ヶ浜側は、鎌倉海浜公園稲村ケ崎地区(稲村ヶ崎公園)として、岬の斜面を利用したひな壇状の公園になっています。
気象条件が良ければ富士山と江の島がセットで望める景勝地のため、「かながわの景勝50選」(神奈川県)や「関東の富士見百景」(国土交通省)、「かまくら景観百選」(鎌倉市)など、数多くの公的機関によって名勝として選定されています。
とくに夕暮れ時の稲村ヶ崎は、富士山や江の島のシルエットに向かって、海岸線を走る車の灯りが連なって見える景色が美しく、鎌倉屈指の夕日の名所として人気があります。
稲村ヶ崎は、古くは、鎌倉幕府が滅亡するきっかけの一つとなった、新田義貞の鎌倉攻めの突破口になった場所として知られています。稲村ヶ崎(新田義貞徒渉伝説地)として、国指定史跡に指定されています。
稲村ヶ崎は、サザンオールスターズ・桑田佳祐監督の映画「稲村ジェーン」(1990年)の舞台になったことでも有名です。
眼下の海岸は、海岸の浸食によって砂浜が狭くなったこともあり、2000年代初頭以降海水浴場は開設されなくなりましたが、年間を通してサーフィンのメッカになっています。
INDEX
稲村ジェーンと稲村ヶ崎
![かながわの景勝50選「稲村が崎」の石碑(撮影日:2021.01.29)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/05/2bc296b0e9666a0cf5d54811e95e0144-1200x800.jpg)
1990年に公開された桑田佳祐監督の映画「稲村ジェーン」は、そのタイトルに現われているとおり、東京オリンピックの翌年、1965年の稲村ヶ崎が主な舞台になっています。伝説の大波「稲村ジェーン」を待つ若者たちを描いた映画です。(ロケ地については、以下の記事をご覧ください)
映画「稲村ジェーン」の公開は、稲村ヶ崎の知名度やイメージを大きく押し上げることになりました。
映画についての評価はさまざまですが、主題歌の「真夏の果実」は今でも、ヒット曲が数多くあるサザンオールスターズを代表する楽曲の一つです。また、シングルにはなっていませんが、テレビの旅番組などで頻繁に使われるサザンオールスターズの人気曲「希望の轍」も、映画「稲村ジェーン」がきっかけで生まれた曲です。(映画「稲村ジェーン」の挿入歌であり、サウンドトラックに収録。正式には「サザンオールスターズ」名義ではなく、「稲村オーケストラ」名義の楽曲)
サザンオールスターズの楽曲では、映画「稲村ジェーン」関連以外にも、2004年のシングル「君こそスターだ」の冒頭や、1985年のアルバム「KAMAKURA」に収録された「古戦場で濡れん坊は昭和のHero」で、「稲村ヶ崎/稲村」が登場しています。
「古戦場で濡れん坊は昭和のHero」のタイトルにある「古戦場」とは、このあたりが古戦場であることに由来していると見られ、鎌倉幕府滅亡の決定打となった新田義貞らによる鎌倉攻めを連想させます。この曲の歌詞には、「稲村」の他に、稲村ヶ崎の内陸側にある「極楽寺坂」が登場しています。
鎌倉幕府滅亡の決定打となった新田義貞徒渉伝説地
![稲村ヶ崎・七里ヶ浜より望む(撮影日:2020.08.25)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/05/be55d453b926ff3192c69698dcb5b6c2-1200x800.jpg)
鎌倉時代末期の1333年6月30日(元弘3年5月18日)、新田義貞率いる反幕府勢は鎌倉に迫っていました。新田義貞は軍勢を3つに分けて、それぞれ、鎌倉七口の巨福呂坂、仮粧坂(化粧坂)、そして、極楽寺坂から攻撃を開始しました。
しかし、三方を山に囲まれていて、一方が海である、天然の要塞であった鎌倉の防御は厚く、なかなか侵入できませんでした。
現在の稲村ヶ崎は国道134号が海岸線の切通しを通っていますが、鎌倉時代にはこの切通しはなく、相模湾沿いからは少し内陸の極楽寺坂を経由して入る必要がありました。
諸説ありますが、新田義貞がこれを打破したのは、引き潮に乗じて稲村ヶ崎の海側を歩いて鎌倉に入り、これを突破口に幕府勢に勝利したと言われています。
由比ガ浜地下駐車場(鎌倉海浜公園由比ガ浜地区の地下)の建設をはじめ、近代に入ってからもこのあたりの開発では数千体という規模の人骨が発見されています。
この中には新田義貞の鎌倉攻めでの戦死者も含まれていると見られていて、鎌倉幕府滅亡を決定づけたこの戦いの激しさを物語っています。
![稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・新田義貞徒渉伝説地の碑(撮影日:2024.06.08)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/06/f58b4277f6659eb2285deff3b50ec241-1200x800.jpg)
富士山が大きく見える稲村ヶ崎の切通
![稲村ヶ崎の切通を坂ノ下側から望む(撮影日:2021.01.29)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/05/e85ca3d3f762bdd6736ef60b2cc2f248-1200x800.jpg)
現在のように稲村ヶ崎に本格的な切通しが開削されたのは、昭和に入って、現在の国道134号(当時の県道片瀬鎌倉線)が開通したときのことです。稲村ヶ崎の坂ノ下側の道路脇(海側)には、ひっそりと「道路開鑿記念之碑」が建っています。
この近代の切通しは、中世に開削されたものと違って特筆すべき歴史的な背景があるわけではありません。しかし、稲村ヶ崎の切通からの富士山ビューは、他のどの切通しにもない唯一無二の特徴です。
由比ヶ浜方面から七里ヶ浜方面に向かって切通しを登って行くと、これまで視界になかった富士山が、頂上付近で突然、目の前に飛び込んできます。左右を切り立った崖に囲まれてるという視覚効果もあいまって、稲村ヶ崎の切通から見える富士山は、不思議と大きく見えるため、インパクトがあります。
![稲村ヶ崎の切通から江の島や富士山方面を望む(撮影日:2021.01.29)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/05/2749eb5d9aa6e44672b04473eb1a459c-1200x800.jpg)
![稲村ヶ崎の切通から見た夕暮れの富士山(撮影日:2023.12.08)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/05/4ad4a59941da6a0c5a4202a03b0e737d-1200x800.jpg)
上級者が集まるサーファーの聖地
![稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)下の岩礁と七里ヶ浜(撮影日:2020.08.25)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2021/03/f7edfc47a4565b6de70aa17381193fa6-1200x800.jpg)
かつて、2000年代のはじめまでは、稲村ヶ崎には海水浴場が開設されていました。そのころから海岸浸食によって砂浜が減ってきていましたが、現在はさらに進んでいます。
相模湾に注ぐ河川からの土砂流入の減少といったローカルな側面から、気候変動と言ったグローバルな社会課題まで、稲村ヶ崎周辺の海岸浸食の原因は一つではないと考えられます。砂浜という緩衝帯がなくなることで、結果として、海水浴場が開設できなくなるばかりでなく、高波によって護岸が崩壊して、道路や歩道が通行できなくなるという災害も起きるようになってきています。
開発もその崩壊も、人間が招いた自業自得の結果と言えます。
そんな人間の業などつゆ知らず、稲村ヶ崎の海は美しい白波を立て続けています。
このずっと変わらない海の沖合では、今も昔も、伝説の大波を待つ人たちが浮かんでいる姿が見られます。
※サーフポイントとしての稲村ヶ崎は上級者向けとされているため、初心者が気軽にマリンスポーツをたのしむような場所ではありません。
![稲村ヶ崎・稲村ケ崎公園より富士山と江の島を望む(撮影日:2021.01.29)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/05/f3850bd6d3ac87bcc2b23df7ff117fac-1200x800.jpg)
![稲村ヶ崎・稲村ケ崎公園より夕暮れの富士山と江の島を望む(撮影日:2023.12.08)](https://miurahantou.jp/wp-content/uploads/2024/05/e70c4c40177e741a5a481447a20100a7-1200x800.jpg)
稲村ヶ崎周辺の見どころ
富士山ビューの稲村ヶ崎の七里ヶ浜側は、鎌倉海浜公園稲村ケ崎地区(稲村ヶ崎公園)として整備されています。また、由比ヶ浜側には遊歩道が続いています。こちらの記事もあわせてご覧ください。
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