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稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)| 富士山や江の島を望む夕日の名所

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)から江の島、富士山を望む(撮影日:2021.01.29) 鎌倉
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)から江の島、富士山を望む(撮影日:2021.01.29)

稲村ケ崎公園は、七里ヶ浜江の島、晴れた日には富士山を望む、景勝地です。海に突き出た岬にある公園のため、眺望は抜群です。

稲村ヶ崎いなむらがさきは、古くは、鎌倉幕府が滅亡するきっかけの一つとなった新田義貞にった よしさだ鎌倉攻めの突破口となった場所として知られています。
新田義貞稲村ヶ崎徒渉伝説の場所として、稲村ケ崎公園は「日本の歴史公園100選」に選ばれています。

近代では、1910年(明治43年)に、逗子開成中学校ボート部七里ヶ浜沖遭難事件の悲劇が、この近くで発生しました。

また、稲村ヶ崎は、桑田佳祐監督の映画「稲村ジェーン(1990年)の舞台になったことでも有名です。
眼下の海岸は、海岸の浸食によって砂浜が狭くなったため、2000年代以降海水浴場は開設されなくなりましたが、年間を通してサーフィンのメッカとなっています。

稲村ケ崎公園は、富士山方面に落ちる夕日が美しいことで知られています。富士山江の島をセットにした風景をたのしめる場所は他にもありますが、稲村ケ崎公園の特徴は、眼下の海岸線に打ち寄せる波が良いアクセントになる点でしょう。
また、稲村ケ崎公園は、国土交通省によって「関東の富士見百景」に選ばれています。

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)下の岩礁と七里ヶ浜(撮影日:2020.08.25)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)下の岩礁と七里ヶ浜(撮影日:2020.08.25)
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新田義貞の鎌倉攻め

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・七里ヶ浜側の国道134号から望む(撮影日:2021.01.29)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・七里ヶ浜側の国道134号から望む(撮影日:2021.01.29)

鎌倉時代末期の1333年6月30日(元弘3年5月18日)、新田義貞率いる反幕府勢は鎌倉に迫っていました。
新田義貞は軍勢を3つに分け、それぞれ、鎌倉七口巨福呂坂仮粧坂(化粧坂)極楽寺坂から攻撃を開始しました。

しかし、三方を山に囲まれ、一方が海である、天然の要塞であった鎌倉の防御は厚く、なかなか侵入できませんでした。
現在の稲村ヶ崎国道134号が海岸線の切通を通っていますが、鎌倉時代にはこの切通はなく、相模湾沿いからは少し内陸の極楽寺坂を経由して入る必要がありました。

諸説ありますが、新田義貞がこれを打破したのは、引き潮に乗じて稲村ヶ崎の海側を歩いて鎌倉に入り、これを突破口に幕府勢に勝利したと言われています。

由比ガ浜地下駐車場の建設をはじめ、近代に入ってからもこのあたりの開発では数千体という規模の人骨が発見されています。
この中には新田義貞鎌倉攻めでの戦死者も含まれていると見られていて、鎌倉幕府滅亡を決定づけたこの戦いの激しさを物語っています。

現在、由比ガ浜地下駐車場の上は、鎌倉海浜公園由比ガ浜地区になっています。

稲村ヶ崎の切通を坂ノ下方面から望む(撮影日:2020.08.25)
稲村ヶ崎の切通を坂ノ下方面から望む(撮影日:2020.08.25)
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逗子開成中学校ボート部七里ヶ浜沖遭難事件の慰霊碑

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・逗子開成中学校ボート部七里ヶ浜沖遭難事件の慰霊碑(撮影日:2020.08.25)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・逗子開成中学校ボート部七里ヶ浜沖遭難事件の慰霊碑(撮影日:2020.08.25)

1910年(明治43年)、七里ヶ浜沖で、逗子開成中学校ボート部の生徒ら12人が乗った船が遭難して、全員が死亡するという事件が発生しました。
事件当時、逗子開成中学校の系列校であった鎌倉女学校(現・鎌倉女学院)の教諭・三角錫子の作詞で鎮魂歌「真白き富士の根」(別名「七里ヶ浜の哀歌」)が作られました。

この歌の歌詞が刻まれた慰霊碑が、事件発生の場所にほど近い稲村ケ崎公園に建っています。

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・七里ヶ浜沖に向かって建つ慰霊碑(撮影日:2020.08.25)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・七里ヶ浜沖に向かって建つ慰霊碑(撮影日:2020.08.25)
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紫陽花が咲き乱れる展望広場

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・展望広場(撮影日:2021.06.23)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・展望広場(撮影日:2021.06.23)

公園の奥の階段を登った先には展望広場があります。公園でもっとも高台に位置しているため、ここからの相模湾の眺めは抜群です。

また、展望広場にはたくさんのアジサイが植えられていて、例年6月には見ごろを迎えます。
稲村ケ崎公園では他にも園路などにアジサイが植えられていて、天気が良ければ、アジサイ越しに富士山を見ることができます。

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・展望広場のアジサイ(撮影日:2021.06.23)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・展望広場のアジサイ(撮影日:2021.06.23)

以下のリンク先から他の【あじさいの名所】もご覧ください!!

【2022 No.7】特集 | 初夏の鎌倉 あじさいの名所5+1選
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近代細菌学の開祖 ローベルト・コッホの碑

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・ローベルト・コッホ碑(撮影日:2021.06.23)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)・ローベルト・コッホ碑(撮影日:2021.06.23)

稲村ケ崎公園展望広場には、近代細菌学の開祖とされるローベルト・コッホの記念碑が建てられています。
ドイツ人の細菌学者であるローベルト・コッホは炭疽菌、結核菌、コレラ菌の発見者で、1905年(明治38年)に結核に関する研究の業績よりノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
この記念碑は、1908年(明治41年)(碑文では1年誤っていて明治42年と記載)にローベルト・コッホ博士が来日した際に、弟子である北里柴三郎博士と鎌倉を訪れ、とても気に入ったという逸話をもとに建てられたとされています。

鎌倉でのコッホ博士は、1887年(明治20年)に日本初のサナトリウム(結核療養施設)「鎌倉海濱院」として建てられ、翌年にはホテルに転身した「鎌倉海濱ホテル」に滞在していました。現在、このホテルの跡地は、鎌倉海浜公園由比ガ浜地区になっています。

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稲村ヶ崎は鎌倉を代表する夕日の名所

由比ヶ浜材木座の海岸は南側に開けているのと、日が沈む西側に稲村ヶ崎の岬がそびえているため、夕日を眺めるのに最適とは言えません。
そんななか、稲村ヶ崎は、鎌倉のなかでも一、二を争う、夕日の名所と言えます。
稲村ケ崎公園の高台から望む、七里ヶ浜の海と、江の島富士山との組み合わせは、鎌倉を代表する映えスポットです。

稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)から見た江の島と富士山越しの夕日(撮影日:2001.04.05)
稲村ケ崎公園(鎌倉海浜公園稲村ガ崎地区)から見た江の島と富士山越しの夕日(撮影日:2001.04.05)

以下のリンク先から、他の夕日のビュースポットもご覧ください。

【2022 No.6】特集 | 鎌倉の夕日スポット3選

DATA

住所 鎌倉市稲村ガ崎1
アクセス
行き方

江ノ電「稲村ヶ崎駅」より徒歩約5分

駐車場 なし(近隣に有料駐車場あり)※近隣の比較的大きな駐車場は、神奈川県道路公社稲村が崎駐車場、坂ノ下駐車場、七⾥ガ浜海岸駐⾞場などがあります(いずれも有料)
営業時間

公園への入場は原則年中無休/24時間可能

料金

入園無料

電話番号 0467-45-2750(鎌倉市公園協会事務所(鎌倉中央公園内))
ウェブサイト https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/koen/p_kaihin.html
※掲載の内容は、予告なく変更となっている場合があることをご了承ください。

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