六国見山の名称は、山頂から、相模・武蔵・伊豆・上総・下総・安房の六国を望めたことに由来します。
六国見山森林公園として整備された公園の展望台からは現在も眺望が良く、鎌倉市街、富士山や箱根の山々、横浜のみなとみらい方面などを見渡すことができます。六国見山森林公園の展望広場は、春にはキレイな白い花でいっぱいになる、オオシマザクラの名所です。また、初夏には、さまざまな種類のあじさいもたのしめます。
六国見山森林公園の展望台は六国見山の山頂ではなく、実際の山頂は明月院方面に5分ほど歩いた場所にあります。
六国見山森林公園は、大船高校方面(公園北口)、北鎌倉駅方面(公園南口)、明月院・散在ガ池森林公園方面の3方向からアクセスすることができます。
公園に駐車場はなく、車では行きにくい場所ですが、ハイキングコースとして、北鎌倉方面や散在ガ池森林公園、天園ハイキングコースなどと組み合わせて訪れるのがオススメです。
INDEX
森林のなかに開けた 展望台広場
六国見山森林公園は、その名前にあるように、針葉樹と落葉樹が混ざった森林が大部分を占めていて、野鳥の観察などもできます。
大船・高野や今泉台などの住宅地がすぐそばまで迫っているなかに残された、気軽に自然をたのしむことができる貴重な公園です。
森林の中を登っていくと、展望広場に出ます。展望台はまわりより一段高い場所に設けられているため、木々の合間から、かつての「六国」、相模・武蔵・伊豆・上総・下総・安房を一望することができます。
展望台には、「六国」それぞれの名称やそれぞれの方角を示す案内板が設置されています。
展望台の周辺には木々が生い茂っていますので、「六国」を見渡すのには、冬に訪れるのがおすすめです。
展望広場はオオシマザクラの名所
六国見山森林公園の展望広場は、桜の木がたくさん植えられていて、春にはオオシマザクラの白い花でいっぱいになります。薄紅色のソメイヨシノなどに比べると少し地味かもしれませんが、派手さがない方が、観光地化されずに、地元の人を中心に親しまれているこの公園のキャラクターには合っているように思います。
六国見山森林公園のシンボルツリー「夫婦桜」
展望広場から大船高校方面へ少し下ったところには、六国見山森林公園のシンボルツリー「夫婦桜」が立っています。桜の木としては、かなりの巨木です。夫婦のように、二本の木が寄り添うように立っていることから、この名前が付けられています。
遠目からしか見られない夫婦桜は、花と同時に新葉も出てくるオオシマザクラ(片方はヤマザクラか?)のため、「花」を愛でるというよりは、神秘的とも感じる巨木から「生命力」のようなパワーをもらえる場所です。
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いろいろな品種が見られる六国見山森林公園のあじさい
六国見山森林公園の展望広場では、近年あじさいが植栽されはじめていて、初夏には園路沿いを華やかに彩ります。六国見山森林公園のあじさいは、一般的にイメージする山の中のあじさいとは少し違っていて、ヤマアジサイを中心に、さまざまな種類のあじさいをたのしめるのが特徴です。
六国見山は鎌倉で二番目に標高が高い山
六国見山の山頂は標高147mで、標高159mの大平山に次いで、鎌倉市内で二番目に高い山です(純粋な標高で言うと、横浜市と逗子市との市境に近い十二所果樹園の展望台が標高149mの場所にあり、六国見山よりわずかに高いです)。ちょうど、円覚寺の裏山にあたる場所にあります。
山頂には標識が置かれていますが、注意して歩いていないと見過ごしてしまうような場所です。残念ながら山頂付近は開けた場所にないため、眺望をたのしみたい場合は六国見山森林公園の展望台をオススメします。
六国見山森林公園から六国見山の山頂を通り抜けると今泉台の住宅地の南西の端に出ます。
ここからは、住宅地を突き抜けて東に向かうと散在ガ池森林公園方面に、明月院通りを西に向かうと明月院などの北鎌倉方面に、南に向かうと天園ハイキングコースの入口があり建長寺・半僧坊や鎌倉・二階堂方面に抜けることができます。
六国見山周辺は行楽シーズンでも比較的観光客が来ることは多くないため、できるだけ混雑を避けつつ、ハイキングをたのしんだり、多少は定番の場所もまわりたいという場合にうってつけです。
散在ガ池・明月院方面
天園ハイキングコース沿い
天園ハイキングコース経由で鎌倉・二階堂方面
鎌倉の始祖・染屋時忠の娘の悲しい伝説
六国見山森林公園から六国見山の山頂に向かう道の途中に、「稚児の墓」という立札とともに、石塔が建っています。
これは、藤原鎌足の子孫で奈良時代に鎌倉を治めていたと言われる、染屋太郎時忠(染谷太郎時忠)の娘の墓だと伝えられています。時忠の3歳の娘が大きな鷲にさらわれて、その後この場所で死体となって発見されたため、この場所で供養したという伝説が残っています。
染屋時忠は、鎌倉最古の神社とされる甘縄神明神社を創建したと言われていて、鎌倉の始祖とも言われるような人物です。