源氏山公園は、源頼義や頼朝の父・源義朝の屋敷があったとされる寿福寺周辺の背後にある源氏山の山頂一帯に整備された公園です。
公園内には、源頼朝像や日野俊基の墓(宝篋印塔)、恋愛成就のパワースポットとしても知られる葛原岡神社などがあります。
また、公園に隣接した場所には金運のパワースポットである銭洗弁財天宇賀福神社があり、源氏の開運パワーが宿る源氏山公園周辺は、鎌倉を代表する運気アップを期待できるエリアです。
源氏山公園の広い園内にはいくつもの芝生広場が点在していて、春は桜、初夏はあじさい、晩秋は紅葉、冬はツバキをたのしめ、歴史公園としてだけでなく、四季折々の花など1年を通して見どころが多い公園です。
源氏山公園は、鎌倉幕府設立以前からの源氏ゆかりの場所にあるとともに、鎌倉幕府討幕に関与したとされる日野俊基の墓や日野俊基を祀る葛原岡神社が鎮座しているという、鎌倉時代のはじまりとおわりが同居しているような場所です。
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源頼朝像は人気の撮影スポット
源頼朝像(オブジェ)は全国にいくつか存在しますが、そのなかでも源氏山公園の像はもっともポピュラーなものと言えるでしょう。
その歴史はそれほど古いものではなく、1980年(昭和55年)に源頼朝の鎌倉入り800年を記念して建てられたものです。
鎌倉の象徴ともいえる歴史上の人物の像ですから、人気の記念撮影スポットになっています。
源頼朝像のまわりは芝生広場になっていて、春には桜を、秋には紅葉をめでながら、一休みすることができます。
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源氏山公園のもう一人の主人公・日野俊基
源頼朝像がある広場から、仮粧坂(化粧坂)の降り口を挟んだ反対側にあたるエリアは葛原岡と呼ばれています。
源氏山公園のもう一人の主人公・日野俊基の墓や、日野俊基を祀る葛原岡神社があります。
日野俊基は後醍醐天皇の側近として鎌倉幕府討伐の計画にかかわったとされています。
事前に計画を察知した幕府によって二度捕まり、一度目は無罪となりましたが、二度目は葛原岡の地で処刑されてしまいました。
歴史とは、その時代の価値観や見る者の立場によって評価が変わるものですが、鎌倉時代末期の政権は求心力を失っていて、これを幕末(江戸時代末期)と重ね合わせて見て、明治維新以降、日野俊基は再評価されることになります。
葛原岡の桜は、源氏山公園なかでもひときわ見事です。また、桜の季節より前に、ところどころで咲くツバキも見ごたえがあります。
春から楽しめる源氏山公園の紅葉
源氏山公園の源頼朝像の広場では、晩秋に紅葉の定番イロハモミジをたのしめます。
この源頼朝像の広場では、春から紅葉したモミジを多く見られます。これも源頼朝のパワーによるところ・・・というわけではなく、源氏山公園では春から紅く色づくノムラモミジというめずらしい品種が植栽されています。
春から秋にかけては、イロハモミジの青々とした葉とノムラモミジの紅く色づいた葉の、キレイなコントラストをたのしめます。
源氏山公園は鎌倉のあじさい穴場スポット
鎌倉には神社や寺院を中心にあじさいの名所と呼ばれる場所が数多くあります。葛原岡神社とともに源氏山公園にもあじさいの咲くエリアが点在していますが、あじさい鑑賞を目的に訪れる観光客はそれほど多くなく、穴場スポットと言えます。
源頼朝像の広場周辺
葛原岡神社周辺
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鎌倉をめぐる散策コースの中継拠点
公園へのルートは複数あり、鎌倉駅方面からは銭洗弁財天宇賀福神社経由、寿福寺経由、鎌倉七口の一つである仮粧坂(化粧坂)経由などがあります。
北鎌倉方面からは、葛原岡神社や日野俊基の墓がある葛原岡から入るルートや、浄智寺を経由して葛原岡・大仏ハイキングコースで入るルートがあります。
葛原岡・大仏ハイキングコースでは、そのまま鎌倉大仏や長谷方面に抜けることができます。
バスを使う場合は、大船駅から乗って、梶原経由で入るルートが便利です。
源氏山公園には、源頼朝像の広場や葛原岡神社周辺などに、広い芝生広場がいくつも点在しています。また、芝生広場以外にも、園路などにベンチが多く設置されているのもうれしいところです。
このように、広い芝生広場や公衆トイレ、水場などがある源氏山公園は、鎌倉の主に西側や北側の観光やハイキングの中継地としても活用することができます。