鎌倉殿の13人

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鎌倉

源頼朝法華堂跡(源頼朝の墓)&白旗神社

鎌倉幕府の初代征夷大将軍(初代鎌倉殿)・源頼朝みなもとのよりともは、1199年2月9日(建久10年1月13日)、享年53(満51歳没)で死去しました。頼朝の死因は、前月の1月25日(建久9年12月2...
2026.01.29
鎌倉

補陀洛寺(竜巻寺)

補陀洛寺ふだらくじは、文覚を開山(初代住職)に、源頼朝の祈願所として創建された真言宗大覚寺派の寺院です。たびたび竜巻や火災にみまわれていたようで、「竜巻寺」と言う別名もあります。 補陀洛寺...
鎌倉

鶴岡八幡宮 神苑ぼたん庭園・池泉回遊式庭園

鶴岡八幡宮は、初春から本格的な春にかけて初詣の参拝や合格祈願などで賑わいます。その陰に隠れがちですが、この季節の鶴岡八幡宮は鎌倉を代表するぼたん(牡丹)の名所でもあります。 鶴岡八幡宮の神苑ぼ...
2026.01.08
三浦

日枝神社[高円坊]・和田朝盛塚

三浦・高円坊こうえんぼうの日枝神社は、安土桃山時代の文禄年間(1592~1596年)に創建されたと伝わる、旧高円坊村の鎮守です。 「高円坊」という地名の由来は、平安時代後期から鎌倉時代初期...
横須賀

乗誓寺

乗誓寺じょうせいじは、鎌倉時代初期に起きた「曾我兄弟の仇討ち」で知られる曾我十郎祐成(兄)の子・了源(平塚入道)が平塚に一宇を建てたのがはじまりと伝わる、東浦賀の寺院です。当初は「阿弥陀寺」と号...
葉山

鐙摺城跡・旗立山(軍見山)

現在の逗子市と葉山町の境に、海に突き出るようにそびえる小高い山は、かつて「鐙摺山あぶずりやま」と呼ばれていました。この鐙摺山に、平安時代後期から鎌倉時代にかけて、三浦一族が支城の一つ鐙摺城を構えてい...
2025.09.05
鎌倉

安養院(田代観音)

お寺の名前になっている安養院あんよういんは、源頼朝の妻・北条政子ほうじょう まさこの法名から名づけられたものです。安養院の本堂の裏手には、北条政子の墓と伝わる宝篋印塔ほうきょういんとうが建ってい...
2025.05.01
鎌倉

宝戒寺(萩の寺)

宝戒寺ほうかいじは、この地の近くにあった東勝寺(廃寺)で滅亡した北条一族の霊を弔うために、後醍醐天皇の命を受けた足利尊氏あしかが たかうじによって建立された寺院です。小町邸と呼ばれていた、鎌倉幕...
2025.03.09
鎌倉

永福寺跡

永福寺ようふくじは1192年(建久3年)に源頼朝が創建した寺院です。読み方は「えいふくじ」ではなく、「ようふくじ」です。源頼朝による1189年(文治5年)の奥州合戦(奥州征伐)で戦死した、奥州藤...
2024.12.18
鎌倉

鶴岡八幡宮の紅葉

鶴岡八幡宮の紅葉・黄葉と言えば、公暁の隠れ大銀杏が代名詞の一つであったと言っても過言ではないくらい銀杏のイメージが強く、「紅葉」というイメージはあまりないと思います。でも実は、鶴岡八幡宮は鎌倉の紅葉...
2024.12.12
横須賀

曹源寺(宗元寺跡)

曹源寺そうげんじは、奈良時代の高僧・行基草創と伝わる「宗元寺(宗源寺)」を前身に持つ、公郷町くごうちょうの寺院です。 江戸時代後期に編さんされた地誌「新編相模国風土記稿」などによると、宗元...
横須賀

千片神社跡

千片神社ちかた じんじゃは、三浦氏の祖とされる三浦為通みうら ためみち(村岡為通)から数えて第6代当主にあたる三浦義村みうら よしむらを御祭神として祀る神社で、旧大津村の根岸および井田(現在の京...
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